離反艦隊 奮戦す

みにみ

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大義のために

呉港着

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1944年3月上旬。パターソン提督が率い、黒田少将が引き継いだ
「独立遊撃艦隊」は、厳重な警戒態の下
日本海軍の心臓部、呉軍港に静かに滑り込んだ。

戦艦アラバマ、サウスダコタ。重巡洋艦ボルチモア、オールバニ。
そして巨大な空母龍鶴(ヘラクレス)の鋼鉄の船体が
日本の港に並ぶ姿は、異様であり、そして圧倒的だった。
日本の将兵たちは、まるで異星の巨大兵器が突如出現したかのように
畏敬の念をもってその艦影を見上げていた。

入港直後、黒田少将は、パターソン提督、ライアン中佐を伴い
山本五十六亡き後の連合艦隊司令部
そして軍令部の最高幹部に謁見するため、急ぎ東京へと向かった。

軍令部総長、そして海軍大臣、さらには東條英機首相を交えた合同会議は
異様な熱気に包まれていた。日本の最高指導者たちは
米国の最新鋭技術、それも空母打撃群の中核が
まるで神の贈り物のように目の前に現れた事実に、理性を失っていた。

「黒田少将!」東條首相は、興奮で顔を赤くし、声を震わせた。
「貴様がもたらしたのは、単なる艦隊ではない!
 天佑だ!我々の勝利は、疑いようのないものとなった!」

黒田少将は、冷静を保ちながら報告した。
「総長、首相閣下。パターソン提督が提供した技術の真価は
 艦艇そのものにあります。特にVT信管の対空能力
 そして高性能レーダーによる射撃管制です。
 これがあれば、米軍の航空優勢は崩壊します。
 我々は、精神論ではなく、科学で戦えます」

しかし、指導者たちの関心は、技術の「運用思想」にはなく
その「象徴的価値」と「プロパガンダ」に向けられていた。

「技術は分かった!だが、何よりも重要視すべきは、この事実だ!」
海軍大臣が立ち上がり、興奮して言った。
「米海軍中将が、自らの艦隊と共に我々に降った! 
 これは、米国の士気が崩壊している決定的な証拠だ!
 直ちにこれを『神の贈り物』として大々的に宣伝し、国民の士気を高めよ!」

黒田少将は、彼らの非合理的な狂気が
パターソン提督が裏切りの大義として指摘したものそのものであることを痛感し
深い絶望を感じた。
彼の目的は、合理的な戦略を実行することであり、プロパガンダではない。

パターソンは、この茶番劇を無言で傍聴していた。
彼の冷静な目は、日本の指導者たちが、自らの腐敗によって
手に入れた最高の道具をいかに誤用しようとしているかを正確に捉えていた。


会議後、黒田少将は、パターソン提督を海軍大学校の一室に招いた。

「パターソン提督」黒田は深いため息をついた。
「ご覧の通りだ。彼らは、貴方の『大義』を理解しようとしない。
 彼らにとって、貴方の行動はプロパガンダの燃料であり
 技術は勝利という名の賭けを続けるための新たなカードに過ぎない」

「知っていました」パターソンは肩をすくめた。
「彼らは、ハルゼー提督と何ら変わらない。だからこそ
 我々は独立遊撃艦隊として
 彼らの支配から離れた場所で、我々の大義を貫徹しなければならない」

黒田少将は、独立遊撃艦隊の司令官として、パターソンを「特殊戦術顧問」に任命し
事実上の戦略指揮権を彼に委ねた。

最初の課題は、アラバマとサウスダコタの
レーダー誘導射撃ノウハウを、日本の戦術体系に組み込むことだった。

呉軍港に戻ったパターソンとライアンは
元米軍の乗組員たちと、黒田配下の精鋭技術将校たちを指導した。

「アラバマの諸君!貴官たちの主砲は、もはや目視に頼らない。
 このレーダーは、夜の闇を剥ぎ取る。私が教えるのは
 完璧な静寂の中で、敵艦の距離、方位、速力を正確に捉え
 一発目から致命傷を与える方法だ。これは、科学による暗殺だ」

パターソンは、日本の技術将校たちに
射撃管制室の複雑な計算機と火器管制のロジックを叩き込んだ。

日本の海軍兵士たちは、彼らの持つ九八式射撃盤が
アラバマの統合システムと比較していかに原始的であるかを目の当たりにし、衝撃を受けた。
彼らは、パターソンを「冷たい知性を持つ鬼」のように見なしたが
彼の教える戦術が、彼らの艦と命を救う唯一の道であることも理解し始めていた。

「技術は、感情や精神に左右されてはならない」
パターソンの指導は徹底していた。
「目標を数値化せよ。射撃を最適化せよ。
 無駄な弾丸は、無駄な命と同じだ。最も合理的なタイミングで
 最も合理的な量の弾薬を投射する。それが、私の戦術だ」


黒田少将は、政治的な手腕を使い
独立遊撃艦隊を連合艦隊の主要な指揮系統から切り離すことに成功した。

彼は、東條首相や軍令部に対し、
「米軍最新鋭艦艇の運用は、極秘裏に行う必要があり
 従来の司令部の硬直した指揮系統ではその真価を発揮できない」と主張。

結果、独立遊撃艦隊は、「黒田少将の特殊独立遊撃艦隊」として
特定の作戦目的以外では、連合艦隊司令部からの直接的な命令を受けない
「事実上の独立部隊」としての地位を獲得した。

この独立性こそが、パターソンが目指した「内側からのシステム破壊」のための土台となる。
彼らは、ハルゼー提督らの非合理な命令から逃れたように
日本の指導者たちの非合理な精神論からも逃れることができたのだ。

そして、空母ヘラクレスは、正式に「龍鶴(りゅうかく)」という艦名を与えられ
日本人乗組員による飛行甲板の運用と
元米軍乗組員による機関、レーダー、通信部門の運用が始まった。

パターソン提督は、龍鶴の広大な飛行甲板で、ライアン中佐に語った。

「見てみろ、ジャック。彼らは、この艦を龍鶴と呼んだ。
 龍は強大、鶴は長寿。彼らは、この艦が彼らの勝利をもたらすと信じている。
 だが、この艦の本当の使命は、日米の腐敗した上層部に、合理性の鉄槌を下すことだ」

ライアン中佐は、空母の巨大な船体を、複雑な面持ちで見つめた。

「提督。我々は、もう二度と故郷の旗を掲げることはない。
 我々の故郷は、この合理主義者の艦隊だけになりました」

「その通りだ。だが、我々は多くの命を救うだろう。
 この大義のために、我々は全てを捨てたのだ」


パターソン提督と黒田少将は、独立遊撃艦隊の戦略を決定した。

「正面からの航空戦は避けるべきだ」パターソンは言った。
「龍鶴の技術は優れているが、米軍の物量には勝てない。
 我々の鍵は、米軍が最も油断する、夜間、そして劣悪な天候下だ」

黒田が頷く。
「日本は夜戦を得意としてきましたが、レーダー誘導が加われば
 もはや比較になりません。アラバマとサウスダコタを核とする
 夜間戦闘遊撃部隊を編成しましょう。
 彼らは、米軍の補給線と、油断した巡洋艦隊を狙い撃ちできる」

戦略は以下のように定められた。

航空戦の回避: 龍鶴は、温存し、米軍の追跡を攪乱する囮
または戦略的予備としてのみ運用する。

夜戦の特化: アラバマ、サウスダコタ、ボルチモアを主力とする。
彼らの高性能レーダーと射撃管制で、米軍が得意とする昼間の航空優勢を無効化し
一方的なレーダー誘導夜戦を展開する。

大義の証明: 徹底した「人命最優先」の合理的な戦闘を貫き
米軍に「透明な敵」の恐怖を植え付けることで
ハルゼー提督ら上層部の戦略を根本から混乱させる。

この戦略が、次の展開、すなわち「最初の夜間戦闘」へと繋がる。
パターソンの裏切りがもたらした技術の炎が、太平洋の戦況図を
の闇の中で、静かに、そして決定的に焼き尽くそうとしていた。

夜の呉軍港に、パターソンとライアン、黒田が並び立つ。
艦隊は、整備と技術移植を終え、出撃命令を待っていた。
彼らの胸には、「祖国への裏切り」という重い十字架と
「人命を救う大義」という燃える希望が共存していた。

「提督」ライアン中佐が静かに言った。
「我々の行動が、本当に正しい道であるかどうか…」

パターソンは、夜空の月を見上げた。

「ジャック。正しい道は、いつも困難な道だ。我々の行動の結果が
 どれだけの将兵の命を救うか。それだけが、この裏切りの唯一の正当性だ
 この行動が正しいか否か それは神のみぞ知ることだ」

彼の目は、遠い夜戦の海を捉えていた。
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