黎明の珊瑚海

みにみ

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山本の賭け

作戦開始

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昭和十七年五月下旬。
連合艦隊司令長官、山本五十六の第二次MO作戦案は
数日間にわたる激しい審議と、大本営内部での根回しの末、辛うじて可決された。

「辛うじて、だ」

宇垣纏参謀長は、東京からの最終電報を握りしめ、ため息をついた。
電報には、MI作戦中止に対する海軍中央の不満と
「全戦力投入の一撃必殺を厳命する」という、半ば脅迫じみた文言が添えられていた。

山本は、その電報を読み、ただ静かに頷いた。
彼にとって、可決されたという事実こそが全てだった。
この作戦が、彼の地位と、そして日本の命運を賭けた
最後の「賭け」であることを、誰よりも自覚していたからだ。

「纏よ、時間は残されていない」山本は言った。
「直ちに、全作戦参加部隊の指揮官を『大和』に招集せよ。
 近藤中将、南雲中将、五藤少将。彼らの不満を封じるためにも
 この作戦の圧倒的な規模を見せつける必要がある」

ここから二日間、山本と宇垣の執務は極限状態に入った。
彼らはほとんど睡眠を取らず、二日間ぶっ通しで、海図と作戦表に向き合い続けた。
その間に、「大和」の艦橋には、連合艦隊の主要な指揮官たちが次々と集結した。
彼らの顔には、前回の議論の疲労と、長官の独断に対する複雑な感情が入り混じっていた。

しかし、山本が提示した、その編成表を目にした瞬間
指揮官たちの間に漂っていた不協和音は、一瞬にして静寂に変わった。


山本が練り上げた艦隊編成は、日本の航空機動力を
全て、漏らすことなく投入するという、空前絶後のものだった。

その艦隊の規模は、過去のどの海戦にも見られない、まさに鉄の暴力だった。

【第一機動部隊】

司令長官は、南雲忠一中将(第一航空艦隊司令長官)。
彼は、ハワイ、セイロン方面での戦闘経験と
圧倒的な規模の艦隊を率いるという重責に、表情を硬くしていた。

第一航空戦隊の旗艦は、赤城。
そして加賀。この二隻の大型空母は、それぞれ零戦21機、九九艦爆21機を搭載。
特に加賀は、九七艦攻を30機と、雷撃戦力を強化していた。

第二航空戦隊には、蒼龍と飛龍。それぞれが
零戦21機、九九艦爆21機、九七艦攻21機を搭載し
蒼龍には、索敵の要となる二式艦偵2機が特別に配備されていた。

この四隻の正規空母だけで、零戦84機、九九艦爆84機、九七艦攻93機という
第二次攻撃隊を出す必要すらない、一撃に全てを賭けた飽和攻撃戦力が用意されていた。

機動部隊を固める護衛艦艇も、過去最強の布陣だった。

第三戦隊には、高速戦艦の全て――金剛、榛名、比叡、霧島の四隻。
これらの「金剛型」高速戦艦が、四隻まとめて空母群を護衛するのは
極めて異例の措置だった。彼らは文字通り、
空母の「鉄の壁」として機能することが期待されていた。

重巡洋艦は、第五戦隊の妙高、羽黒。
そして第八戦隊の利根、筑摩。これら高性能の巡洋艦が
広範囲の索敵と、水上戦での火力支援を担う。

第十戦隊の軽巡洋艦長良を旗艦とする駆逐艦隊は、四個駆逐隊が投入された。

第四駆逐隊:萩風、舞風、野分、嵐。 
第十駆逐隊:夕雲、秋雲、巻雲、風雲。 
第十六駆逐隊:雪風、天津風、時津風、初風。 
第十七駆逐隊:谷風、浦風、磯風、浜風。

これらの駆逐艦、総勢16隻が、空母群の輪形陣を形成する。
艦隊の付属には、水上機母艦の千代田も加わった。

【第二機動艦隊】

司令長官は、前夜激しく反抗した近藤信竹中将(第二艦隊司令長官)。
彼は、長官の命により、空母四隻からなる第一機動部隊の後詰
あるいは敵残存艦隊への追撃戦力として
さらなる空母と巨大な戦艦群を率いることになった。

空母は第四航空戦隊の龍驤、そして改造空母の隼鷹。
さらに、小型空母の瑞鳳が、駆逐艦三日月を伴い、第二機動艦隊に組み込まれた。

龍驤:零戦16機、九七艦攻21機。 
隼鷹:零戦16機、九九艦爆20機、九七艦攻18機。 
瑞鳳:零戦12機、九七艦攻12機。

合計で零戦44機、九九艦爆20機、九七艦攻63機。練度の問題はあるものの
この空母群を加えることで
日本海軍は七隻の航空母艦を珊瑚海に集中させることになった。

そして、この第二機動艦隊の圧倒的な鉄の塊は、空母ではない。

戦艦群である。

第二戦隊第一小隊:伊勢、日向。 
そして、日本海軍の象徴、第一戦隊第二小隊:長門、陸奥。

これら四隻の巨艦が、航空戦力を間接的に支援するため、
第二機動艦隊の中核を成す。これは、「決戦」を意味していた。

重巡洋艦は、近藤中将の指揮下にある第四戦隊の全て
――高雄、愛宕、摩耶、鳥海。

水雷戦隊も、第四水雷戦隊の軽巡洋艦由良を旗艦とし
第二駆逐隊(五月雨、春雨、村雨、夕立)、第八駆逐隊(朝潮、荒潮)
第九駆逐隊(朝雲、峯雲、夏雲)
第二十四駆逐隊(海風、山風、江風)が随伴した。


「長官、これほどの艦隊が、歴史上に存在したでしょうか?」

編成表を見終えた南雲中将の口から、自然と感嘆の声が漏れた。
前夜の不満を抱いていた近藤中将でさえ
その巨大な戦力密度を前に、表情に微かな笑みを浮かべていた。

「空母七隻、戦艦八隻、重巡十二隻、軽巡四隻、そして駆逐艦は優に三十隻を超える……」

作戦参加の指揮官たちは、その圧倒的な数字を前に
誰もが「これなら負けるはずがない」という
一種の陶酔にも似た慢心に捉えられ始めていた。

彼らにとって、ミッドウェーへのこだわりや、長官への不満は
この鉄の巨塊が放つ「絶対的な勝利」の予感の前では、些細な問題に思えた。

この編成は、山本五十六の狙い通りだった。
彼は、指揮官たちの心理的抵抗を、数の暴力をもってねじ伏せたのだ。
彼らの心に、「これは賭けではない、必勝である」という確信を植え付けた。

しかし、宇垣纏参謀長だけは、その壮大な編成図を前にしても、表情を崩さなかった。

彼は知っていた。「数の暴力」は、同時に「脆弱性」でもあることを。
これほど大規模な艦隊を、わずか二日間で編成し
遠方の珊瑚海まで動かすことが、いかに兵站に負荷をかけるか。
そして、これだけ艦艇が密集すれば、敵の攻撃に対し
個々の艦艇が互いを守りきれず、一つの標的となってしまう危険性を。

だが、宇垣は沈黙した。もはや、作戦を覆す時間も
兵力を分散させる余裕もない。この賭けに乗るしかないのだ。


作戦は急速に進行した。

【攻略部隊】

五藤存知少将(第六戦隊司令官)率いる攻略部隊も、厳重な編成が組まれた。

第六戦隊の重巡:青葉、衣笠、古鷹、加古。 
第十八戦隊の軽巡:天龍、龍田。 敷設艦の沖島、津軽。 
第六水雷戦隊の軽巡夕張。 第二十九駆逐隊:追風、朝風。
 第三十駆逐隊:睦月、弥生、望月。 そして、付属の特設水上機母艦神川丸。

【先遣部隊】

さらに、第六艦隊司令長官、小松輝久中将率いる先遣部隊には
軽巡香取を旗艦とし、第三、第五潜水戦隊など、合計16隻の伊号潜水艦が投入された。
彼らは先行し、敵の偵察と艦隊行動を妨害する役割を担う。

五月三十日。各艦隊は、最終的な燃料と弾薬の補給を完遂。

六月五日午前九時。

補給を終えた日本機動艦隊は、ついに柱島泊地を抜錨した。

戦艦、空母、重巡洋艦、そして駆逐艦の群れが、広島湾を埋め尽くす。
その艦隊の圧倒的な規模は、沿岸の住民たちを驚愕させるほどだった。

艦隊は、轟音を響かせ、一路、豊後水道を通過する。

「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の巨大な飛行甲板。
それに寄り添うように航行する、長門と陸奥の威容。
その鉄の巨塊が放つ圧力は、兵士たちの心に「絶対的な勝利」という確信を植え付けた。

豊後水道を抜ける際、艦橋に立つ山本五十六長官は、静かに双眼鏡を握っていた。

彼は、艦隊の圧倒的な規模を見ても、慢心するどころか、
その表情をさらに硬くしていた。
彼は知っている。この巨大な艦隊は、同時に極めて脆いのだ。

山本は、遠く南の海、彼が再び戦場に選んだ珊瑚海の方向を睨みつけた。

「これが、最後だ」

誰もいない艦橋で、山本は静かに呟いた。

「残る全てを投入した。もしこの一撃で米豪遮断を果たせなければ……」

彼の言葉は、そこで途切れた。その視線は
既に勝利ではなく、生き残りのための非情な道を見据えていた。

日本機動艦隊は、戦艦と空母、そして潜水艦の全てを投入した
「賭けの艦隊」として、南の海へと、静かに、そして猛烈な速度で突き進んでいった。
その行く先には、彼らの情報を全て掴んだ
米海軍の全空母戦力が待ち構えていることを、この時の彼らはまだ知る由もなかった。
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