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幕間
第31話
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私たちの世界に再び変化が起きた。
世間では、変化と呼べるほどのことではないのかもしれない。それでも、私にとっては大きな変化だ。
昼休み、ちび助がコンパクトなレジャーシートを広げ、外で食べるのが日課になった。
まだ、ほんの数日だけの話だけど。
場所は奥にあるベンチの直ぐ側。
私を含めた3人はシートの上で食事をし、藤宮はベンチで本を読む。
この風景が、暫くは私たちの日常となりそうだ。
***
金曜日、学校を休んだ。
深雪と静姉も。
三人で縁側に座り、庭園を眺めた。
門から、黒いスーツを着た女性が入ってくる。
そして、私達を見て完璧なお辞儀をした。
名前は、沢田美代。
髪はショートでオールバック。
身長が高く、背筋がしっかりしている。
年齢はまだ38だが、祖母から会社を任された人物であり、私の後見人でもある。
祖母と全く血の繋がりはないが、気難しい彼女から絶大な信頼を得ていた数少ない人物だ。
彼女のおかげで、この広い屋敷と庭園を綺麗に維持できている。かなり忙しいだろうに、何かと気にかけてくれる出来た人物だ。
彼女こそ、まさに理想的な大人。
静姉とは大違いである。
「美代さん、お久しぶりです」
私は立ち上がり、頭を下げた。
深雪も慌てて私の後に続く。
静姉は特に反応せず、代わりに欠伸をした。
「静香さん、まさかその格好で行く気ですか?」
美代さんは、静姉の赤いジャージ姿に眉を寄せた。
「まさか、後で着替えるわよ」
静姉はどうしようもなくだらしない人間だが、他人の前だとしっかりと取り繕う。そのため、元ヤンみたいな見た目だが、学園ではしっかり者の優しい先生として慕われ、女生徒からは人気がある。そのような話をちび助から聞いたときは、正直ぶったまげたものである。
「奈々はいいのかしら? 黒いシャツに黒いショートパンツでかなりラフな格好だけど」
「え? 駄目なの?」
まさかこちらに飛び火するとは思わなかった。
取り敢えず、黒系を着ていれば問題ないと思っていたのだが。
「奈々さんは、特に問題ないかと思います」
「ですよね」
私は、ホッとした。
「奈々には甘いわねー、相変わらず」
「そんなことはありません。貴方があまりにも駄目なだけです。それに、久子さんからは注意するよう言われていますので」
美代さんの言葉を聞き、静姉は鼻で笑う。
久子は、祖母の名前。
「あ、あのー、私の服は大丈夫ですか?」
深雪は不安そうに尋ねる。
グレーのブラウスに、黒いオーバーオールのスカート。
「問題ありません。上品な格好で、深雪さんに凄く良く似合っていますよ」
さりげない言葉に、深雪は照れた顔。
「静香さん、そろそろ向かいたいと考えているのですが」
「……分かってるわよー」
渋々といった感じで立ち上がると、自分の部屋に向かった。
静姉がちゃんとした髪型と喪服姿で部屋から出てきた後、全員で外に停めてある車に乗り込んだ。
美代さんが運転席で、助手席に静姉、運転席の後ろに深雪が座り、その隣が私。
全員がシートベルトをしたのを確認してから、車は発進した。
「あーあ、何であんな糞婆の墓参りなんて行かないといけないのよー」
静姉の問題発言に対して、誰も咎めることはしない。
だって、祖母の葬式で泣き悲しむ彼女を見ている。悪態をつきながらも、祖母のために流した涙を皆は知っているのだから。
途中で買った花を、祖母の墓に置いた。
「あの糞婆に花の良さなんて分からないわよ」
そう言って、静姉は酒瓶の蓋を開けると、中身を墓にかける。
線香を上げ、私たちは祈りを捧げた。
「奈々、ちょっと私たちは向こう行ってるから」
そう言って、静姉と美代さんはお墓から移動する。
私は深雪の方に視線を向けた。
彼女は目を閉じ、両手を合わせている。
私はその姿を、なんとなく眺めた。
彼女は目を開け――私を見ると、微笑む。そして、私の目の奥を覗き込んだ。
その瞬間、私は理解した。
今は、深雪ではなく――雪乃だと。
「奈々、私はね――久子さんには本当に感謝している。だって、私を救ってくれた初めての大人だったから」
「……」
「子供たちは私の目に魅了され、大人たちは私の目を見て恐れた。実の親でさえも。だけど久子さんだけは、私の目を見て、綺麗だと言った。そんなありふれた言葉で、私は救われてしまった」
「……」
「彼女は私の、特殊な目の使い方を教えてくれた。だから、私は短い時間だったのかもしれないけれど、平和に生きることが出来た。彼女は私にとって、魔法使いだった。久子さんはそれを否定したけれど、彼女の不思議な力は魔法と呼ぶにふさわしいものだと思う」
「……」
「私は彼女からたくさんのものを与えられながら、私は彼女に何ひとつ返せなかった」
「……あの人は、私に語ってくれた。昔、全てを奪われたから、それを奪い返すための人生だったと。色んな人間に傷つけられたから、色んな人間を傷つけてきた。気がついたら弱者ではなく、強者の側に立っていた。奪うだけの人生は悲しく、ほんの少しでもいいから何かを与えたかった。だから、久子婆は私達に与えた。それを返したいなんて――久子婆を悲しませることになるだけ」
「そうね、確かにその通りかもしれない。だから、これは――私たちの問題ね」
「……」
「そして、奈々。私はあなたにも感謝している。私たちを救うために、久子さんから譲り受けた力を――全て失うことになってしまったのだから」
違う――私が救えたのは、深雪だけだ。
それも――彼女がそう、願ったから。
そうでなければ、私は――
「奈々」
私の名前を呼ぶ。
「ありがとう。――私たちを救ってくれて」
そう言って、雪乃は再び目を閉じた。
世間では、変化と呼べるほどのことではないのかもしれない。それでも、私にとっては大きな変化だ。
昼休み、ちび助がコンパクトなレジャーシートを広げ、外で食べるのが日課になった。
まだ、ほんの数日だけの話だけど。
場所は奥にあるベンチの直ぐ側。
私を含めた3人はシートの上で食事をし、藤宮はベンチで本を読む。
この風景が、暫くは私たちの日常となりそうだ。
***
金曜日、学校を休んだ。
深雪と静姉も。
三人で縁側に座り、庭園を眺めた。
門から、黒いスーツを着た女性が入ってくる。
そして、私達を見て完璧なお辞儀をした。
名前は、沢田美代。
髪はショートでオールバック。
身長が高く、背筋がしっかりしている。
年齢はまだ38だが、祖母から会社を任された人物であり、私の後見人でもある。
祖母と全く血の繋がりはないが、気難しい彼女から絶大な信頼を得ていた数少ない人物だ。
彼女のおかげで、この広い屋敷と庭園を綺麗に維持できている。かなり忙しいだろうに、何かと気にかけてくれる出来た人物だ。
彼女こそ、まさに理想的な大人。
静姉とは大違いである。
「美代さん、お久しぶりです」
私は立ち上がり、頭を下げた。
深雪も慌てて私の後に続く。
静姉は特に反応せず、代わりに欠伸をした。
「静香さん、まさかその格好で行く気ですか?」
美代さんは、静姉の赤いジャージ姿に眉を寄せた。
「まさか、後で着替えるわよ」
静姉はどうしようもなくだらしない人間だが、他人の前だとしっかりと取り繕う。そのため、元ヤンみたいな見た目だが、学園ではしっかり者の優しい先生として慕われ、女生徒からは人気がある。そのような話をちび助から聞いたときは、正直ぶったまげたものである。
「奈々はいいのかしら? 黒いシャツに黒いショートパンツでかなりラフな格好だけど」
「え? 駄目なの?」
まさかこちらに飛び火するとは思わなかった。
取り敢えず、黒系を着ていれば問題ないと思っていたのだが。
「奈々さんは、特に問題ないかと思います」
「ですよね」
私は、ホッとした。
「奈々には甘いわねー、相変わらず」
「そんなことはありません。貴方があまりにも駄目なだけです。それに、久子さんからは注意するよう言われていますので」
美代さんの言葉を聞き、静姉は鼻で笑う。
久子は、祖母の名前。
「あ、あのー、私の服は大丈夫ですか?」
深雪は不安そうに尋ねる。
グレーのブラウスに、黒いオーバーオールのスカート。
「問題ありません。上品な格好で、深雪さんに凄く良く似合っていますよ」
さりげない言葉に、深雪は照れた顔。
「静香さん、そろそろ向かいたいと考えているのですが」
「……分かってるわよー」
渋々といった感じで立ち上がると、自分の部屋に向かった。
静姉がちゃんとした髪型と喪服姿で部屋から出てきた後、全員で外に停めてある車に乗り込んだ。
美代さんが運転席で、助手席に静姉、運転席の後ろに深雪が座り、その隣が私。
全員がシートベルトをしたのを確認してから、車は発進した。
「あーあ、何であんな糞婆の墓参りなんて行かないといけないのよー」
静姉の問題発言に対して、誰も咎めることはしない。
だって、祖母の葬式で泣き悲しむ彼女を見ている。悪態をつきながらも、祖母のために流した涙を皆は知っているのだから。
途中で買った花を、祖母の墓に置いた。
「あの糞婆に花の良さなんて分からないわよ」
そう言って、静姉は酒瓶の蓋を開けると、中身を墓にかける。
線香を上げ、私たちは祈りを捧げた。
「奈々、ちょっと私たちは向こう行ってるから」
そう言って、静姉と美代さんはお墓から移動する。
私は深雪の方に視線を向けた。
彼女は目を閉じ、両手を合わせている。
私はその姿を、なんとなく眺めた。
彼女は目を開け――私を見ると、微笑む。そして、私の目の奥を覗き込んだ。
その瞬間、私は理解した。
今は、深雪ではなく――雪乃だと。
「奈々、私はね――久子さんには本当に感謝している。だって、私を救ってくれた初めての大人だったから」
「……」
「子供たちは私の目に魅了され、大人たちは私の目を見て恐れた。実の親でさえも。だけど久子さんだけは、私の目を見て、綺麗だと言った。そんなありふれた言葉で、私は救われてしまった」
「……」
「彼女は私の、特殊な目の使い方を教えてくれた。だから、私は短い時間だったのかもしれないけれど、平和に生きることが出来た。彼女は私にとって、魔法使いだった。久子さんはそれを否定したけれど、彼女の不思議な力は魔法と呼ぶにふさわしいものだと思う」
「……」
「私は彼女からたくさんのものを与えられながら、私は彼女に何ひとつ返せなかった」
「……あの人は、私に語ってくれた。昔、全てを奪われたから、それを奪い返すための人生だったと。色んな人間に傷つけられたから、色んな人間を傷つけてきた。気がついたら弱者ではなく、強者の側に立っていた。奪うだけの人生は悲しく、ほんの少しでもいいから何かを与えたかった。だから、久子婆は私達に与えた。それを返したいなんて――久子婆を悲しませることになるだけ」
「そうね、確かにその通りかもしれない。だから、これは――私たちの問題ね」
「……」
「そして、奈々。私はあなたにも感謝している。私たちを救うために、久子さんから譲り受けた力を――全て失うことになってしまったのだから」
違う――私が救えたのは、深雪だけだ。
それも――彼女がそう、願ったから。
そうでなければ、私は――
「奈々」
私の名前を呼ぶ。
「ありがとう。――私たちを救ってくれて」
そう言って、雪乃は再び目を閉じた。
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