そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ

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 飲み直そう、なんて言ったくせに結局コンビニすら寄らずにタクシーでまっすぐホテルに戻ってきてしまった匡史は、取り繕うように、自販機どこだっけ? と安藤を振り返った。当然のようにロビーのライトは落ち、カウンターの一部だけが光っているが、安藤の表情が読めるほどの光量ではなかった。
「部屋に何本かあるだろ。それで充分だ」
 行くよ、と安藤が匡史の手を引く。エレベーターで見上げた安藤の横顔はなんだか難しい取引の前に似ていた。
 部屋に戻り、匡史がくったりとベッドへ体を投げ出す。その様子を横目で見ながら、疲れたか、と安藤は冷蔵庫を開けた。
「ああ……まあ、少し」
 仕事自体はさほどでもなかった。最後に本田と話した時に精神力がすっかり削られたのだろう。情報過多で頭がまるで働かない。
「ほら、起きて飲めよ」
 匡史の傍に腰掛けた安藤が缶ビールを手渡す。天井を見上げたままそれを受け取ると、安藤の手がすいと頬に伸びてきた。
「涙の痕、ついてる」
 親指の腹で優しく頬を拭われて、匡史は慌てて起き上がった。あぐらをかくように座り込んだ匡史は、缶ビールのプルタブを引き上げて強引に乾杯をするように安藤の持つそれにぶつけた。
「あの人に抱きしめられてたな、お前」
 安藤は匡史に背を向けたまま静かに呟いた。
「あれは、照れ隠しみたいなもんだよ。多分、大事なことを目合わせて言えなかったんだろ」
「何の話?」
「池上課長のこと……元恋人なんだよ、あの人」
「恋人? 元恋人の子供を課長は預かってるってことか?」
 うん、と答えると安藤は、どうして? と更に聞いた。
「多分……池上課長が、まだ本田さんを好きなんだと思う。だから、繋がりが欲しくて瑛蒔を引き取ったのかと……でも、本田さんは多分そうじゃないって言うんだ。保護者的視点から、瑛蒔を本田さんに預けたくないって思ったんだろうって」
 匡史は言い終わると、ぐいと缶ビールを傾けた。のどを鳴らして半分ほどを一気に呷る。
「どっちの理由にせよ、どうして金丸がそんな話を?」
「………俺の事をもっと知りたい、好きになりたいって言われたんだ、池上課長に。俺が本田さんに似てるからって」
「ふーん、それで?」
 安藤は一口ビールを飲み込むと、サイドテーブルに缶を置いて、匡史を振り返った。
「それでって……」
「それ、お前に関係あるように思えない」
 一方的な気持ちならいつもの話で終わることだろう、と安藤が言う。確かに一方的な想いならば貰いなれている。こんなに苦しくて切ない、その理由はひとつだ。
「俺も、池上課長が好きだから……だから、あの人に本田さんの代わりみたいに言われて、正直悔しくて」
 匡史がため息を吐くと、安藤はぼそりと、やめとけよ、と呟いた。その言葉と声の重さに驚いて安藤を見上げる。
「じゃあやめとけよ。もう離脱しちまえよ」
 そう言うと、安藤は匡史の体を抱き寄せた。ふいに手放してしまった缶ビールが床を転がっていく。
「あ、んど……?」
 抱きしめられたまま、匡史は状況が読めなくてその名を呼ぶ。耳元で、好きなんだ、と熱っぽい声が聞こえた。
「ずっと好きだった。俺じゃダメか? 俺じゃ、お前の運命の一人にはなれないか?」
 ぎゅっと背中に食い込む指が痛かった。想いを伝えようと強く抱きしめる安藤を振り払うことなんか出来ない。
 入社してからずっと隣の席で、仕事でミスしても互いにフォローしてグチをこぼしあって、ふざけたり時に真面目に語ったり……安藤は匡史にとって大切な存在だ。失いたくない。そう考えていると匡史の体が傾いだ。安藤に押し倒されるようにベッドへと横になると、見下ろす安藤の目をじっと見つめた。いつにない真剣な目だった。
「アルファ様をベータの俺が抱こうとしてるんだよ。何も言わないのか?」
「……アルファとかベータとかそんなの関係なしに、俺には安藤が必要なんだ。それだけは変わらない」
 匡史が言うと、安藤はその唇を重ねた。優しいキスだったけれど、欲しいものではない。こうやって他人と肌を合わせると、どれだけ池上が特別なのかがわかる。あの目眩すら覚える高揚感は彼とでなければ味わえない。そして、彼以外だと同じ行為でも苦痛に変わってしまうこともわかる。匡史は自然と両手でベッドカバーを握り締めてしまっていた。安藤の気持ちは受け入れられない。ならば、体だけでも投げ出そう――一番の友達を失わずに済むのなら。
その一心で、匡史は目を閉じて安藤を受け入れようと体の力を抜いた。
 唇が離れ、衣擦れの音がした。すると、こつん、と額を指で弾かれ、匡史は目を開ける。
「冗談だ」
 いつもの安藤の笑顔がそこにはあった。
「冗談って……」
「金丸があんまり真剣に悩んでるから、からかいたくなっただけだ。驚いたか?」
 ははは、と笑う安藤の目尻はほんの少し潤んでいる。冗談なんかじゃない。安藤は、匡史が安藤との関係を壊したくなくて我慢していたことをちゃんと見抜いているのだ。
「じょ、冗談でキスとかすんな! お前上手過ぎだし、ちょっと自信なくしたぞ、俺」
 匡史は勢いよく跳ね起きると、安藤の背中をバシバシと叩いた。
「だろ? 背中に来たか?」
「おう、来た来た。危うくバージン捧げそうになったくらいだ」
 匡史は笑うと、床に転がった缶を拾い上げ、ゴミ箱へと放った。
「お前が変なことするから零したじゃねえか。ちゃんと拭いとけよ。俺、風呂入ってくるから」
 バスルームへ向かいながら匡史が言うと、安藤は、はいはい、と適当な返事をしてひらひらと手を振った。匡史はそれを見届けてからバスルームのドアを閉めた。
「……ごめんな、安藤」
 呟いた言葉は、安藤には届かず、その場で溶けていった。
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