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しおりを挟む「来春から、一人ですね。寂しくないですか?」
ようやく歩き出した池上の隣に並び、匡史は尋ねた。駐車場へ戻る道すがら池上は、そうだな、と呟いて大きく伸びた。
「まあ、心の準備は出来てるから」
平気だよ、と笑うその顔はどこか寂しげだった。車へと戻り池上は、昼飯ラーメンにでもしようか、と車に乗せてあった観光ガイドを手に取った。『子供と行く札幌・小樽』というタイトルのそれを見て、匡史は我慢しきれずに池上を抱きしめた。
「金丸くん?」
助手席で驚いたように身を竦める池上が匡史の耳元で、どうしたの、と聞く。
「俺がいる。ずっと傍に居る。相手が俺だから、瑛蒔ほど賢い子が生まれるか分からないけど、家族も作ろう、聡二さん」
抱きしめたまま匡史が言うと、池上が、ふふ、と小さく笑った。
「何それ……プロポーズみたいだな」
匡史は池上の顔が見えるところまで離れると、そうだよ、と答える。
「楽しそうじゃないですか?」
匡史が微笑むと、そうだな、と池上が視線を斜め上へと泳がせる。
「君となら楽しそうだな」
「楽しいですよ」
きっと毎日、と匡史が言うと池上は、じゃあいつかな、と呟いて匡史の唇に自分のそれを重ねた。
翌日、渋る池上を宥めたり説得したり、甘えてみたりして一緒に出社した。瑛蒔がいない朝くらいしか共に通勤なんて出来る機会はない。
おはよう、とオフィスに入ると、まず優子に珍しがられた。すぐそこで会ったんだ、と適当なことを言いながら池上と別れ、デスクに着くと、安藤がスーツケースをガラガラと引いてオフィスへと入ってきた。そのスーツケースは匡史のものだ。
「おととい、車に入りっぱなしで課長のところ、行っただろ」
朝から不機嫌そうに安藤が第一声、そんなことを言う。匡史はその態度にもめげず、笑顔で口を開いた。
「あー、忘れてた」
「忘れてたじゃねえよ。取りに来い。課長の車で移動してたんだろ?」
「うん。でもそこまで気づかなかった」
「イチャつくのに忙しくて?」
「そんなことないけど」
「さっき、地下鉄降りてから、ずっと後ろ歩いてたんだよ、俺。一緒にご出勤なんて、昨夜やりましたって、言ってる様なもんじゃん」
「別に、やって……って、そんな……そこは察しろよ」
ごにょごにょと答える匡史に、曖昧な答えだな、と安藤はため息を吐きながらスーツケースを渡す。その時になって初めて背後の視線に気づいて、匡史は振り返った。
「お、はよう……金丸くん」
コーヒーを持ったままの藤木が一瞬置いてから笑顔を作る。匡史はそれに笑い返す。
「おはようございます。どうかしました?」
「ううん、なんでも」
これどうぞ、とコーヒーをデスクに置くと藤木はすぐに去っていった。
「なんか、嫌な予感」
安藤がぽつりと呟く。けれど匡史は、別にいいよ、とスーツケースを開けた。中にはいくつかお土産の袋が入っている。その一つを手にとって池上のところへと向かった。
「聡二さん、これ、瑛蒔に。お土産、戻ってきたんで」
「え、あ……あの、金丸くん、今じゃなくても……」
書類と睨めっこしていた池上が顔を上げ、一度周囲を気にしてから、眉を下げる。
「忘れそうなんで」
「それに、会社でその呼び方は……」
「すみません、うっかりしてました。じゃあ、これお願いします、池上課長」
匡史は机に飛行機のおもちゃを置いて微笑む。池上が顔を真っ赤にさせてこちらを見ている。もうどうやって言葉を返せばいいのか、分からないのだろう。
「こ、こんなことしたら、また噂になる。この間だって、瑛蒔のお陰で妙な噂がたってただろ?」
ようやく冷静さを取り戻した池上が椅子から立ち上がり匡史に小声で言う。ふわりと池上の香りが漂い、匡史は微笑んで口を開いた。
「別に、あれは気にしてません。だって、事実みたいなものでしたから――子持ちの彼女って」
「けど、今度はそれ以上に変な噂になる。君は目立つんだから」
池上が必死な顔で、匡史を見上げる。匡史は、その懸命な顔に優しく微笑んで、そっと手を伸ばした。自分のことを心配してくれている、この人が愛しかった。
「聡二さんは、心配じゃないですか? 目立つ俺のこと」
「そりゃ、まあ……噂は毎日聞いてたけど」
「だったら、俺が課長とできてる、なんて噂がたったら身辺穏やかになる気がしませんか?」
匡史の言葉に、そりゃそうだろうけど、と池上が口ごもる。
「じゃあいいじゃないですか。あ、俺、今日朝イチで商談なんで、そろそろ行きますね」
匡史が笑顔のままそう言う。池上はそれにため息を吐いてから、行ってらっしゃい、と答えた。それを見て、匡史が踵を返す。
すると、今までこちらを注視していたらしい社員たちが次々に自分の仕事に向き合っていくところが見えた。
匡史は、今がベストタイミングかもしれない、と小さく笑ってから、再び池上に向き合った。
「そうだ課長、俺と結婚してください」
匡史の言葉に池上が、え、と小さく声にしてから固まってしまう。同時にオフィスの中も静かになり、電話の音だけが響いた。
そんな様子が可笑しくて匡史は一人で笑ってから池上を見つめた。
「……返事は?」
「……終業後に」
赤くなって視線を逸らす池上が可愛くて、匡史は上機嫌でオフィスを後にした。けれどすぐに後ろから足音が響き、振り返ると、そこには池上がこちらに向かって走ってきていた。
「あんなこと言って、僕を一人残さないでくれ」
いたたまれない、と未だに顔を赤くしたままの池上が横に並ぶ。
「あー……じゃあ、このまま式でも挙げにいきます?」
「ば、ばかなこと言うな! そういうのは、ちゃんと準備して……」
池上の返事に匡史が笑い出す。ひっかかるところはそこなんだ、と思うと、益々池上が愛しくなった。
「はい、そうですね。番になる日も決めなきゃですね」
「ああ、そうだな……楽しみにしている」
そんなふうに言って微笑む池上が可愛くて、匡史は抱き締めたい衝動を抑えながら、そっと池上の指先を握る。
愛してます、と囁いて。
END
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最後までありがとうございました!
続いて番外編もお楽しみいただけたら嬉しいです。
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