【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

文字の大きさ
14 / 45

5-1

しおりを挟む

 それから、楽と会うことはなくなった。同じ部屋に住んでいても、努力しなければこんなにも顔を合わすことはないのかと思うほどに、二人の生活はすれ違っていた。
 楽はあの日からほとんど家に帰らなくなった。帰っても壱月が眠った後で、朝家を出る時に玄関に靴があることで在宅がわかるくらいで、その気配すら感じることは無かった。
 壱月はその日の朝も、コーヒーサイフォンの前でため息を零した。
「何やってんだろ、僕……」
 習慣のせいか、バカみたいに楽への想いを引き摺っているせいか、壱月は未だに毎朝コーヒーを淹れていた。空になっている日もあれば、手付かずのまま冷たくなっている日もある。最近は、ほとんど後者だった。なのに、辞められない。壱月の中で、コーヒーの存在は楽との繋がりそのものに思えるところがあった。これがあったから、楽は自分と同居するなんてことを言い出した。なければ、こんなに近くに居られたかわからない。
 だから、コーヒーを淹れる事を辞めるなんて壱月にはできないのだ。こんな風になったって、離れるのは嫌だと思っている。
「これでよし、っと」
 サイフォンを片付けた壱月はソファに投げ出してあった上着とカバンを手に取った。今日からまた気温が下がるという予報を見て、昨日引っ張り出してきたジャケットは厚手のものだ。そのジャケットを羽織りながら、こんな風に寂しい気持ちのままに季節が変わってしまうのかと考える。
 楽の傍にいたい。それは変わらない。
 だけど寂しいのは嫌だ。その存在を感じられないのは嫌だ。どんなに派手な恋愛をしていても構わないと思っていた。一日に一度は必ず自分のためだけの時間を楽は作ってくれていたから、そのために自分はここにいるのだと思うことができた。その時間は楽しくて、嬉しくて、毎日その時間に楽に惚れ直すほどだった。楽に毎日恋をしていた。
 けれど、あの日からそれはない。
「この部屋に居る意味って、もうないのかな……」
 壱月は玄関のドアを抜け、廊下を歩き出しながら、ぽつりと呟いた。
 部屋を出て行くこと、それはすなわち壱月にとって、楽を諦めることと同義だ。それは抵抗がある。けれど、これ以上楽の重荷になるのも嫌だった。
 壱月はアパートを振り返った。あの窓の向こうには確かにたのしい二人の時間があったはずなのに、今は寒々と閉め切ったカーテンが見えるだけだった。

「もうすぐ学祭か」
 大学へ行くと、学校中に学園祭のポスターが貼られていた。特にサークルにも所属していない壱月は何か企画に参加するわけでもなく、毎年フラフラと模擬店を廻って帰るだけだった。ただ、その中でもたのしみにしていたのが、学園の伝統行事でもある、王子と姫を決める企画だった。他薦で決まるそれには、楽が毎年エントリーされるのだ。去年は楽が『王子』の称号を貰っていて、更に今年もエントリーされている。サイトでの事前投票制になっているが、毎年見目の優れた学生を見られるとあって、人気の企画だった。
 確かに入学当時から周りが騒めくほど注目されていた楽だが、一年の時にこの企画にエントリーされたことで、一気に知名度が上がったと言っていい。そこから、楽の派手な付き合いも目立っていったように思う。
 壱月の周りでも『楽とデートした』とか『昨日一緒に過ごした』なんて聞くことも増えて、多分そこから壱月の心のバランスが乱れていったのだと思う。
 そして今もまた、目の前で男の子と付き合っていると思い知らされた事、その後ずっと避けられていることが、壱月の心のバランスを崩していた。
「……今年は見たくないな、楽の王子姿……」
 毎年、キラキラと輝くステージ上の楽を見るのが好きだった。ステージを降りたらすぐに壱月のところへと来て、『悔しい』とか『やっぱり俺が一番カッコいいだろ』とか、感想を笑顔で話してくれていたから、それもまた、特別な気がして嬉しかったのだ。たくさんいる女友達でも派手な遊び仲間でもなく、まっすぐに壱月のところへ来てくれる、それは壱月にとって、なによりの優越感だった。でもきっと、今年は壱月のところへは来てくれない。
 壱月の頭の中に、先日見た男の子がちらつき、壱月が頭をを振る。少しくらくらとしたけれど、あの残像は消えたので、ほっとして、壱月は授業へと向った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる

ユーリ
BL
魔法省に悪魔が降り立ったーー世話係に任命された花音は憂鬱だった。だって悪魔が胡散臭い。なのになぜか死神に狙われているからと一緒に住むことになり…しかも悪魔に甘やかされる!? 「お前みたいなドジでバカでかわいいやつが好きなんだよ」スパダリ悪魔×死神に狙われるドジっ子「なんか恋人みたい…」ーー死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる??

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

きっと世界は美しい

木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちがはじめての恋に四苦八苦する話です。 ** 本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。 それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。 大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

ふた想い

悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。 だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。 叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。 誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。 *基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。 (表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

処理中です...