【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ

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 放課後のバイトを終え、着替えた壱月は、今日の晩御飯を買おうとそのまま売り場に戻って来た。楽と会わなくなってから益々食欲が減退している壱月だったが、食べなければ毎日を乗り切ることは出来ないと自分に言い聞かせ、欲しくもない弁当をかごに放り込む。
 そこでふと、雑誌のコーナーが目に留まった。賃貸アパート情報の文字に、自然と手が伸びる。やっぱりいつかはあの部屋を出るべきだろう。壱月は頭の中で仕送りとバイト代を計算しながら情報誌を捲った。
「……嘘」
 思わず壱月は小さく呟いてしまった。隣で立ち読みしていた男がちらりとこちらを窺う。
壱月は恥ずかしさを隠すように更にページを捲った。また、嘘だろ、と声にしてしまいそうでそれを無理に飲み込む。
 想像よりもずっと家賃が高かった。実は、壱月はこの辺の家賃相場を知らない。今の部屋を決めてきたのは、楽だった。
「2LDKで光熱費込み八万は激安だろ、ここでいいよな?」
 高校生の頃、そんな風に教室の机に間取り図を広げたのを今でも覚えている。当時、物価なんてさほど知らない壱月だったので頷くしかなかったのだけれど、確かに破格ではあった。今考えれば、あの頃不動産屋の女性社員と楽が知り合っていたはずなので、特別価格だったのだろう。それにしても、家賃というのがこんなに高いものだとは、今の壱月も認識していなかった。折半分の四万で住めるところなどほとんどない。
 大学の周りの学生アパートはもうすっかり埋まってるだろうし、寮も言わずもがなだろう。
 ため息を吐いて、壱月は棚に情報誌を戻した。とりあえず帰ってから色々考えようと決めレジへ並ぶ。そこで壱月は後ろから名前を呼ばれ、のっそりと振り返った。
「久々に会ったのに、辛気臭いな、壱月」
 後ろで眉をひそめていたのは、及川だった。
 高校の頃は黒髪に銀縁の眼鏡を掛け、壱月と同じく地味な印象だったが、そこにいる及川は茶の短い髪に、少ししっかりした体にはスーツを着て、随分印象が違った。その存在に驚いた壱月は口を開くが声が出ない。そんな壱月に及川は笑った。
「なんだよ、変なもの見た、みたいな顔して」
「いや……スーツ、びっくりして」
「オレも社会人だからな」
「え、第一志望の大学行ってたよね?」
 及川も確か壱月と同じように推薦で進学していたはずだ。冬休みに楽との約束がない日は及川と遊んでいた記憶もある。だとすると、自分と同じまだ学生のはずだ。
「うーん、まあな……壱月、これから弁当食うなら、飯行かない?」
 及川が壱月の持つカゴの中を覗きながら聞く。壱月はそれに頷いた。

 グラスを鳴らして乾杯をしてから、及川は、元気にしてたか、と笑った。
 居酒屋の席に向かい合って座った壱月がその質問に頷く。
「うん、元気だよ。及川、就職してたんだね」
「まあ……一年で大学辞めて、ずっとフリーターだったんだけど春から社員になって」
 スマホ売ってるんだよ、と及川が名刺を差し出した。
「へえ、カッコいい。大人って感じだ」
「もっと褒めて崇めていいぞ」
 及川が笑いながらビールを傾ける。壱月が、じゃあこのくらいにしておくね、と笑うと、褒めないのかよ、と及川も笑う。
 高校の頃と変わらない遣り取りにほっとして壱月もビールに口を付けた。
「ところで、宮村とまだ同居してんの、壱月」
「及川の口から楽の名前出るの、懐かしいね。まだ、一応してるよ」
「何だよ、その、一応って」
 壱月の答え方に引っかかりを持った及川が聞き返す。壱月は困ったように眉を下げ、うん、と頷いて一呼吸する。
「……もしかして、喰われた?」
「喰われるわけないだろ」
「でも宮村、男もアリだっただろ」
 及川の言葉に壱月は、先日リビングにいた学生のことを思い出して小さく頷いた。
「それでも、僕と楽は友達だから」
 それ以下にならない代わりにそれ以上にもならない。それが幸せで、おなじくらい悲しかった。
「言われてみれば、高校の頃も初めから友達って感じだったな。でも、急に仲良くなって……ちょっと羨ましかった」
 及川の言葉に壱月が首を傾げる。及川は楽を嫌厭しているように見えていたから、羨ましい、という言葉が意外に思えたのだ。
「今だから言うけど……あの頃、宮村のこと好きだったんだよ。でも宮村を知れば知るほど、釣り合う相手じゃないって思って……それに、あんな大勢の一人になるのは嫌だったから」
「そう……だったんだ……」
 まさか及川が楽に惹かれているとは思ってもいなかった。割と近くにいた気がするのにそれを感じなかったのは、及川が気持ちを隠すことに長けていたのか、自分が気づけないだけだったのか――多分後者だろうな、と思い小さくため息を吐く。
「壱月の場合、宮村の方が壱月のこと好きなんじゃないかって思ってたけど、違ったんだな」
「まさか。楽はきっと、そういう付き合いのない友達が欲しかったんだと思うよ」
 事あるごとに、友達だから、親友だから、と言う楽に、切ない気持ちにもなる。けれど、楽がそれを望むなら壱月は楽の友達でいたいと思っていた。それがきっと、彼と一番長くいられる方法だと思うのだ。
「そういう意味では、宮村に一番大事にされてるのは壱月かもな」
 及川が言い、それに壱月は驚いて、同時に首を振った。一番大事になんてありえない。当然のように付き合っている彼女や彼氏のほうが大事に決まっている。
「そ、そんなことない、よ……」
「ほら、卒業間近にひと揉めあっただろ。あれで、なんとなく宮村の中のヒエラルキーが分かったって言うか……とにかく壱月はアイツの中で付き合っている相手よりもデカい存在なんだろうなって思ったよ」
 及川が言い、壱月は記憶の糸を辿った。思い当たる事柄にぶつかり、ああ、と壱月は声を上げた。
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