ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第120話 奈落の者

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「総員退避! どこでもいい、適当な建物の中に逃げ込め!」


 銀の鎧の騎士達に指令を飛ばすイリーナ。その片手間に、ニーアを駆使して化物を悉く突き伏せていく。


「イリーナ様! ご無事で何よりです!」
「アルシェス殿! 状況はどうだ!?」
「騎士団にも出てもらって、確実に個体を減らしています! それでも五分五分といった所でしょうか……!」
「くっ……このままではらちが明かないか!?」


 アルシェスは木の幹を纏い、強固になった両腕で次々と化物の頭蓋を叩き潰している。


「もしよろしければ、もっと盛大に建物を破壊しながら殲滅を計りたいのですが!?」
「その行為の理由は!?」
「領主館の眠り姫を起こすためです!!! こんだけ五月蠅ければ流石に気が付くでしょう!!!」





「ひぃ~~~~!!! 死ぬぅ~~~~!」
「ストラム殿!! あまり走り回らないでもらえますか!!」
「だって死ぬじゃんこんなんさあ!!!!」


 領主館では使用人達が、魔法具の手配や負傷者の手当てなどで走り回っている。ストラムも一緒になって走り回っているのだが、何をするまでもなくただ狼狽えているだけであった。


「もういい!!! 僕は部屋に引き籠らせてもらうから!!! 後はお前ら勝手にやってろバーカ!!!」
「ああもう――そっちの方がありがたいです正直!!」


 そのまま脱兎の如く二階へと駆け込む。




「この部屋はぁぁぁ……むむっ!!! 先客だと!?」


 閉じ籠ろうとした部屋はかなり豪華な家具が置かれていて、少し大きめのベッドには女性が一人眠っていた。




「ちょっとー!? ねえ寝てないでよー!?」
「んあ……」


 ストラムに上下左右に揺らされ、ローザは目を覚ます。


「……てめえ……私の優雅な睡眠を邪魔しやがって……」
「怒らないで!? 怒らないでよだって今緊急事態だもん!?」
「はぁ?」
「いいから窓から外を見てぇー!!!」
「んだよ……」


 ローザは渋々ベッドから身体を起こし、窓へと身体を動かしていく。




「……」

「…………」

「………………」




「――げぇっ!? 奈落!? 何でここにいるんだよ!?」
「知ってるの!? じゃあ殺せるよね!? お願い何とかしてぇぇぇ-ーーー!!!」
「畜生がぁぁぁぁぁ!!! あんのチビ領主が何も起こらない限りはとか言うからあああああ!!!」


 ローザはそう言いながら窓を開け放つ。


「ちょっ!? 何やってんの!? 寒いじゃん!? ていうかここから化物入ってくるって――「ネムリン!!! 最大出力で行け!!!」
「ネム~」



 そう言ってネムリンがローザの身体に入っていった直後――



「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――!!!」



 つんざくような叫び声が、彼女の口から放たれた。





「――!? 何ですかこの声は!?」
「……安心しろ!! これで俺達の勝利は確定した!!」
「えっ!?」


 騎士の一人が、耳から手を離して化物達を見遣る。


 すると、化物が固まっていた。



 厳密には動きがかなり遅くなっただけなのだが、戦場を経てきた戦士にとっては固まっているも当然。



「伊達にグレイスウィルで魔術師やってねえってこった!! さあ、ここまで来たらもう一踏ん張りだああああ!!」
「うおおおおお!!! 行くぞおおおおお!!!」



 騎士と魔術師達が勝鬨の声を上げて、一斉に攻勢に出る――







「……終わったかな?」
「いや……まだだ。もっと、安全が確保されてから……」



 机や荷台を支えながら、アーサー達は外の様子を窺う。店内はすっかり静まり返り、集中しなくても外からの音が聞こえてくる。


 そこに凛とした声が響く――



「――皆さん! お待たせしました! 今この時を持って、奈落の者は完全に殲滅しました! もう外に出ても大丈夫です――!」



 聞き慣れた声を聞いて、誰もが胸を撫で下ろす。



「ふぅ……やっと一安心だ。悪かったな坊主共」
「いやぁ……別に大丈夫っす」
「ここ、入れて、もらえた。ありがとう」

「どってことはねえよ。化物相手なら何時だって仲間さ……この後はどうするんだい?」
「知り合いに会ってこれはどういうことか訊いてみるっす」
「そうか。まあ気を付けろよ」
「あざっしたー」
「どうも」
「……」


 アーサー達は物体をどかして外へと出る――





「――ヒューッ! お疲れローザチャン!」
「うっせえ!!! てめえ奈落なんて呼び込みやがって!!! 死ね!!!」


 倒壊したオブジェも散見されるようになってしまった町並み。中央広場付近には一ヶ所に集積された瓦礫の山が築かれ、そこでアルシェスとローザは合流する。


「まーまーそんな怒んなって。な?」
「な? じゃねーんだよこっちはよぉぉぉ!!! ただでさえ月の使者で貧血気味なのに、朝から余計な魔力使わせやがって!!! この気持ちてめえにわかるか!!! わかってたまるかあああああ!!! あああああ……」


 ローザはアルシェスに殴りかかろうとするが、直前に頭を抱えてその場に崩れ落ちる。イリーナがそれを見兼ねて声をかけた。


「ふむ……貧血気味と。ならばアルーイン特産プルーンヨーグルトを持ってくるとしよう」
「あ~……頼むわ。一応鉄剤は持ってきたけど、食物から取り込むのが一番良いからな……」



 そこにアーサー、イザーク、ルシュドも合流する。



「ああ……小僧共。生きていやがったか」
「パリピの兄ちゃんに弾き飛ばされたからな!」
「へぇ……てめえもやるじゃん」
「まあな☆」


 またしても中指と薬指を折り込んで頬に当てるポーズを取るアルシェスを見て、ローザは唾を吐く。


「さっき、化物。何?」
「ん~……どう説明すっかな。学園では黒魔法ってまだやってないだろ?」
「……やってないっすね」



 三人は激しい戦闘の跡を観察しながら話に耳を傾ける。



「黒魔法、その正式名称を奈落魔法と言う。簡単に説明するなら禁術。生命の命や魂を代償に凄まじい威力を発揮する魔法全般を指す」
「でもって何の罪もない人間代償にするのはさー、マギアステルの逆鱗にタッチするわけよ。もっと一般的に言うと理に反する」
「最初からそう言えやカス。まあその代償とか、あとは犠牲になった人間の恨み辛みとか……とにかくどす黒いエネルギーが一ヶ所に集まると、あんな感じの黒くて油っこい液体へと変化する。それを『奈落の者』って呼んでるんだよ」

「……液体? さっきのは魔物だったじゃん」
「それがコイツらの最大にして厄介な特徴。最初は液体で具現して、そこからゆっくりと移動して生命体を取り込む。その取り込んだ生命体に姿を変えるってわけよ」
「取り込んだ生命体の能力を完全に再現するから、例えばウルフェンだったら一気に行動速度が速くなって、危険度アップだ。そうして得た能力を元に次々と生命体を取り込んでいく……それのみを行動原理とする、矜持の欠片も感じられない最悪の化物だよ」



「……にしても今回やけに魔物が多かったな。雪原で異常繁殖していたやつを片っ端から取り込んだか……?」


 イリーナ、アルシェス、ローザは遠くのブルニア雪原へと目を向ける。


「あー、それが一番可能性高そう。まあ今度は誰が黒魔法使ってんのかって疑問は沸くけど……」
「私の睡眠を邪魔した挙句に城下町に被害出しやがって。タダで済ます気は一切ない」
「あくまで自分が優先なのか……」

「というかあんな化物の侵入許すなんて、関所の連中は仕事してたのか? ああん?」
「あんな数で来られたらビビって何もできなかった可能性はあるべ。そもそも奈落がこんな大量に、しかも日の明るいうちに発生していること自体がおかしいし」

「ローザっち、日の出てる云々はあくまでもそういう場面での目撃例が多いだけで、連中が日光に弱いって仮説は否定されてるで」
「うっせ黙れ殺すぞ」
「とにもかくにも、十二年前から徐々に目撃数が増えたとはいえ、軽く留めておく程度だったからな……彼らにも事情を訊かなければ」



 大人三人は納得したように頷き合いながら、会話を進めている。



 だが、一方の少年三人は――



「……おいアーサー。これ、もしかしてヤバいことになっていないか……?」
「……ああ……」
「ん……?」


 冷や汗を掻く三人の様子に気付いたのか、アルシェスが駆け寄ってくる。次いでイリーナも寄ってきて、ローザも貧血故に頭を抱えながら近付く。


「おい、気分悪そうだがどうした? それにさっき生き死にがどうこうって言ってたが、それは――」



 アーサーは懐から出した紙をアルシェスに押し付ける。



「……ブルニア雪原に行ってきます、だと……?」
「エリス、カタリナ……リーシャ!?」
「マジか!?」


 アルシェスは紙を握り締め、息を呑んで三人に詰め寄る。


「おい!! これ見つけたの何時だ!?」
「……ついさっき、十時頃。朝から姿を見かけてないって聞いたけど、もしかして……!!」



「雪原で奈落の者に追われているんじゃ……!!!」







 それが合っているのか、間違っているのか。エリス、カタリナ、リーシャ、そしてダニエル。四人は雪原を一目散に走り続けている。



「はぁっ……はぁっ……!」

「うっ……あああ……」



 視界は不良、あんなに輝いていた雪原には今や雪が舞っている。聴覚も不良。吹雪が轟く音以外に何も聞こえない。


 その中で唯一感覚を研ぎ澄ましていたのは、背中。背後から何かに押されて、それが足を動かしている。



「お姉ちゃん……もう、ぼくのこと……」
「駄目よ!! そんなこと言わないで、諦めないで!!!」
「でも……! みんな、魔力が限界でしょ……!」



 ダニエルの言う通り、三人の魔力は限界が来つつあった。



 こうして走っている今にも魔法の効果が切れてきて、速度が下がってきている。追い付かれるのは時間の問題だ。



「だから、だから……! ぼくだけ、置いて行って……!」
「そんなこと!! できる、わけ……きゃあっ――!?」



 リーシャが足を出した瞬間、


 足元の雪が一気に崩れ落ちた。



「わあああああ……!!!」





 落ちた先にもまた雪が積もっている。おかげで身体に怪我を負うことは避けられた。そう、怪我だけは。





「セバスン……」
「……お嬢様」
「また、魔法かけてほしいな……」

「スノウ……行ける?」
「だいじよーぶ……です……」
「……」



 今、恐怖と共に寒さがこの場を支配している。エリスが自分の手を見てみると、それは小刻みに震えていた。足に力を入れようとしても動かない。



「エリス……?」
「あ……うん。ごめんね。今、わたしも、魔法、かける……」



「か、ら……」



 何度も何度も魔法を行使するのを試していると、遂に瞳がそれを捉えた。





「…―――……」




 頭上を飛び越えて、ウルフェンの群れが目の前に降りてきた。

 全身真っ黒で、赤い目だけを光らせて。



 威嚇の体勢に入るが、そこから発せられるのは形容しがたき嘆声。=<)”’’%&(&&$%()P()'={>=<)”‘’%&(&&$%【)P()'={>{'={?{<~>)")'(&'%&$%&')()'{=<~('"&$%!&'%'&($)!"){$="!<{$"<"!)%"&%'&)



 誰も何も言わなかった。そんなことをしなくても、この後自分達はどうなるのか知っていたから。そんなことをしても、身体が動き出すわけではなかったから。



 導き出された答えが心の糸を切る。

 身体の力がすうっと抜けていき、鼓膜はその役割を停止し、瞼がなだらかに落ちてくる。

 あとは運命の流れに身を任せるだけ――





「――げひゃひゃひゃひゃ! クソみたいな連中よ、覚悟しろぉぉぉ!!!」


 遠ざかっていく意識の中であるのに、汚い叫び声と鈍器らしきものを振り回す音が聞こえる。余程大きな声で叫びながらこちらに向かってきているのだろう。


「よっしゃああああああ! とっとと戻ってこいセオドアァァァァァァァ!!!」


 やや甲高い女の怒号を最後に、エリスの意識は暗闇の中に沈んでいった。
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