【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳

文字の大きさ
18 / 62

第18話 マリアンナとフリード王のお茶会

しおりを挟む

邸のティールームでフリード王を待たせること暫し、マリアンナはデイドレスに着替えて部屋へ急いだ。



「お待たせしてしまって、申し訳ございません。」

マリアンナはちょんとスカートを摘まんで膝を曲げる略式の挨拶をして、向かいの席に座った。



「いやいや、勝手に訪ねてきたのはわしの方だよ、気にせんでいい。どうだい、最近は息災か?」

フリード王が鷹揚に尋ねた。



「ええ、今は馬鈴薯の他に豆も育てているんですの。乾燥させれば日持ちもするでしょうし、利用法をあれこれと考えておりますの。」

マリアンナはそういうと、呼び鈴をならした。



すぐにワゴンを押したメイドが、フリード王にはスパークリングワインを、マリアンナにはペリエを渡し、テーブルの真ん中には、皿に山に盛った揚げたジャガイモが置かれた。



「これは?」

楽しそうな目を皿に向けてフリード王が聞いた。



「油で揚げたジャガイモに塩を振っただけのモノです。召し上がって見てくださいな。」

マリアンナが先に拍子に切って揚げた湯気の出ているジャガイモにフォークを刺して口にいれた。

そうして徐に、ペリエをグッと飲んだ。



「まあ、美味しい。ぜひ叔父様にも。」



「ああ、頂こう。」

フリード王も同じようにジャガイモを口にして、スパークリングワインを煽った。



「んー、これは、旨いな。シンプルだが、とても旨い。」

フリード王は目を見開いて山盛りの揚げた芋を見て唸った。



「これは何という料理だ?」

「ただ油で揚げただけで、料理名など無いでしょうけど。」

「ではどうして、油で揚げた?油は高級なものだぞ。こんな食べ方聞いたことがない。馬鈴薯は平民の食べ物だ、普通は揚げたりはしない。」

フリード王が楽しそうに目を細めてマリアンナを見る。



「ええ、馬鈴薯は塩で茹でてそのまま食べるか潰して牛乳と練ってマッシュポテトとして食べるか、スープの具として煮込むか、ですわね。



ええーと、神聖帝国ではカツレットを食べますでしょ?お肉をカラリと揚げて。あのようにジャガイモも揚げたら美味しいかしら?と思っただけなんですの。



でも、叔父様のおっしゃる通り油は非常に高価で、平民は気楽に使えるような物では今はありませんわね。



えっと、今、わたくし豆を作ってますの。それを乾燥させて、干して絞れば油が採れるとか。豆は土を良くすると、この前学者様に伺いました。小麦の次に豆を植えて、輪作することをリンネ王国では指導されているとか。ただ豆がたくさん採れても値段は余り付かないから領主方はあまり積極的じゃないそうで。

まあ畜産が主要産業な地区ではクローバーを植えてるそうですし、領地それぞれだとか。



でも豆を油にしてしまえばたくさん利用出来ますでしょ?油がたくさん出来れば安価になるでしょうし、絞りカスも肥料になると、良いことづくし。そうして、少しでも豊かになれば、揚げジャガイモ位食べれるようにならないかしら?とふと、思いつきまして。



調理はシンプルですし、屋台でエールと一緒に売る者が出てこないかしら?なんて。だってシュワシュワの飲み物に揚げたジャガイモって合いますでしょ?とても美味ですわ、わたくし最近これにハマってますの。」

マリアンナは話ながらもフォークは忙しなく芋を刺し口に運ぶ。



「ああ、なるほどな。確かにエールにも合いそうだな。豆も油になるが、とても強く絞らねばならないぞ。」

負けじとフリード王も芋を口に運ぶ。



「ええ、リーナ姉様がリンネ王国では何やら機械の実験に成功したとか手紙にありましたの。その力を使って絞り機をグイグイ回せば油もたくさん絞り採れるのではないかと思ってまして。」

マリアンナはチラリと上目使いにフリード王を伺いながら言った。



「うーむ。なるほど、あれをそんなことにも使う気か。」

フリード王が唸りながら、芋を口に運ぶ。



「だって叔父様、食べることってとても大事なことよ。安価で美味しい食べ物があれば、多くの人は幸せになれるわ。それを与えるのは王族の義務でしょ?」

マリアンナはチラリとまた上目使いに視線を投げて言ったのだった。



一度目の世界で、この揚げたジャガイモはアレスフライと呼ばれて、馬鈴薯という底辺の食べ物を高価な油で揚げるという、如何にも貴族的な皮肉な食べ物で。



平民が飢饉に喘ぐ中、王都の仮面舞踏会では高価なシャンパンと共に貧民の命綱であるジャガイモをわざわざ揚げて食すアレスフライは、平民からは憎しみと非難の目を向けられ善良な貴族からは不謹慎だと眉を潜められる、そんな曰く付きの食べ物だった。



しかし、社交とは距離を取り離宮に隠っていたマリアンナ。

アレスフライにそんな曰くがあると露知らず、料理長がマリアンナの初収穫した芋で最近社交界で何かと噂のアレスフライとシャンパンをおやつに出したところ、とても気に入った。

そこで慰問に通っている教会での炊き出しに自分の育てた馬鈴薯を使ったアレスフライを大量に振るまったのだ。

もちろん世間は怒りに燃えた。



高慢ちきな意地悪悪女だと、悪役王妃が貧民をバカにしていると、アレス王国中で非難の声が上がり、大炎上してしまった。



夫である国王から大炎上を告げられ、マリアンナがアレスフライの曰くと自身が非難される理由を知った頃には、悪名が広がりすぎて打つ手もなく狼狽えるばかり。

マリアンナの無知な善意はただ悪戯に革命の火に油を注いただけだった、揚げ物だけに。



「この揚げた馬鈴薯、ポンフリット、か。これが屋台で国民みなが食べれるように、わしらは益々励まなくてはならないな。君主は国家第一の僕なのだから。」

フリード王は、最後の芋をフォークに刺すとマリアンナへと向けて見せて、ニヤリと笑うと大きく開けた口に放り込むのだった。



ガヤガヤとしたざわめきがドアの外から聞こえてくると、ノックも無く扉が開いた。



「義父上、何をしておられる。」

平素、端正な顔に能面のような何を考えているのかわからぬ表情しか見せない兄皇帝が、眉根にシワを寄せて苛立ちのこもった声でそう言いながら、ドカドカと部屋を進み、マリアンナの横に雑な感じで腰かけた。



「まあ、お兄様ごきげんよう。ノックも無く入っていらっしゃるなんて、どうなさったの?叔父様とのご予定がありましたの?知らずに足止めをしてしまって申し訳ございません。」



兄の不機嫌さを隠さぬ様子に驚いたマリアンナは、眉を下げ困惑顔で謝罪した。



「いや、気にすることはないよ、マリー。皇帝陛下との約束事など一つも無い。わしはお主に会いに来たのだから。」

フリード王は面白そうに目を細め、マリアンナと兄皇帝の顔両方を見て言った。



「マリアンナ気にするでない。私は義父上に言っている。カロリーナに続いてマリアンナにまで触手を伸ばすのを見過ごすわけにはいかない。大体、独身の男女がドアの閉まった一つ部屋に籠るとはどういうことか。」

兄皇帝がおかしなことを言い出した。



「お、お兄様。決して触手を伸ばされておりませんわ。しかもこの部屋の中には侍女も護衛もメイドもたくさんおりますでしょ?わたくし側にも叔父様側にも。お兄様、この数が見えませんの?お兄様が何をご心配されておられるのか、わたくしちっとも解りませんわ。」

マリアンナは混乱しながらも、兄に一目で解るはずの状況説明をした。



「ははは、皇帝陛下は思いの外偏狭だな。手中の珠を身内からも隠したいようだ。」

フリード王は愉快そうに声をあげて笑っていたが、その目は決して笑っていなかった。



「偏狭上等。序でに申しておくが、カロリーナも後半年余りで帰国させるのでお忘れ無く。身内から隠すのは当然、私は母親女帝マリアからさえ宝は隠す性質だ。

さて、マリアンナ。何を義父上と話していた。なにか良い香りもするが兄には言えない秘密かな?」

言葉の軽さとは裏腹に不可解な重圧を感じる物言いを受けた。



「もうお兄様、別に大した話なぞしておりませんよ。先日お教えを受けた学者様のお話、主に叔父様がリンネ王国で採っている農業政策の話を、わたくしが育てた馬鈴薯を食べながらしただけですわ。少しお待ちくださればお兄様にもお出ししますわ。でも、馬鈴薯ですわよ?よろしくて?」

マリアンナは兄の不機嫌さの地雷を踏まぬように伺いながら、そう答えた。



話を終える前にメイドが数人部屋から出ていったので、厨房へは伝わっているはずだ。



「そうさ、皇帝陛下。マリーと、農業改革と先日成功した実験機械を使った新たな取り組みが国民の生活を豊かにし、幸福度を高め、延いては革命への防波堤になるという、非常に高度な議論を《ポンフリット》から見出だしていたのだよ。君、君との話合いでこんな意見の飛躍があるかい?わしのサロンでさえ、サロンの学者でさえそんな楽しい展開を見せてくれはしない。マリーとの美味しい会談にわしは夢中なのだよ。」

フリード王は口髭を撫でながらそんなことを言い、兄皇帝にチラチラと視線を送る。



「・・・義父上、再度申すが、マリアンナをリンネ王国のサロンへ遊学させる気は一切無い。カロリーナもあと半年で戻させる。その《ポンフリット》論とやらは、私とこの後話合おうではないか。さあ、いつまでも乙女の邸に居ついでないで、王宮へとご一緒しよう。ああ、マリアンナ。その良い香りの《ポンフリット》は私の執務室へと運んでくれ。さあ、義父上、」

兄がこめかみをピクピク痙攣させながら、立ち上がるとフリード王にも即した。



さあさあと、言語化していない無言で追いたてる雰囲気に、フリード王はゆっくりと立ち上がり、

「マリーよ、せっかちで独善的な兄に窮屈さを覚えたら、いつでもリンネ王国のわしのサロンへおいで。リンネ王国は君をいつでも歓迎しているよ。」

マリアンナの目をみて笑いながらそう言った。



「そうそう、最近の遊学に来た者に、色々と問題続きのアレス王国の第二、第三の王子たちが居るよ。第三王子は確かマリーと同じ年だったかな。」

最後に大きな爆弾を落として、大陸一の賢王は兄皇帝に背中を押されるように追いたてられて、マリアンナの邸を後にするのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼な妻は年上夫を落としたい ~妹のように溺愛されても足りないの~

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
この人が私の夫……政略結婚だけど、一目惚れです! 12歳にして、戦争回避のために隣国の王弟に嫁ぐことになった末っ子姫アンジェル。15歳も年上の夫に会うなり、一目惚れした。彼のすべてが大好きなのに、私は年の離れた妹のように甘やかされるばかり。溺愛もいいけれど、妻として愛してほしいわ。  両片思いの擦れ違い夫婦が、本物の愛に届くまで。ハッピーエンド確定です♪  ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/07/06……完結 2024/06/29……本編完結 2024/04/02……エブリスタ、トレンド恋愛 76位 2024/04/02……アルファポリス、女性向けHOT 77位 2024/04/01……連載開始

【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】6歳になると受けさせられる魔力測定で、微弱の初級魔法しか使えないと判定された子爵令嬢のロナリアは、魔法学園に入学出来ない事で落胆していた。すると母レナリアが気分転換にと、自分の親友宅へとロナリアを連れ出す。そこで出会った同年齢の伯爵家三男リュカスも魔法が使えないという判定を受け、酷く落ち込んでいた。そんな似た境遇の二人はお互いを慰め合っていると、ひょんなことからロナリアと接している時だけ、リュカスが上級魔法限定で使える事が分かり、二人は翌年7歳になると一緒に王立魔法学園に通える事となる。この物語は、そんな二人が手を繋ぎながら成長していくお話。 ※魔法設定有りですが、対人で使用する展開はございません。ですが魔獣にぶっ放してる時があります。 ★本編は16話完結済み★ 番外編は今後も更新を追加する可能性が高いですが、2024年2月現在は切りの良いところまで書きあげている為、作品を一度完結処理しております。 ※尚『小説家になろう』でも投稿している作品になります。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

処理中です...