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第24話 オフィーリアの独白
しおりを挟む「あの婚約発表の翌日、王宮のワッサブルグ城を馬車で出立した日からわたくしの日常は全てが変わってしまいました。」
オフィーリアは一度空を見上げ、それから視線を姉妹たちに戻してそう話し始めた。
まず始めは、アルベルトの生家であるヘルメス公国へと赴き王宮で部屋を与えられた。
しかしその部屋は、所謂客室で、帝国の王女を嫁として迎えるには数段も格が低い扱いだった。
まだその頃は己の身分の変化を理解していなかったオフィーリアは、その扱いを到底受け入れ難く感じた。
「アルベルト、ねえ、どうしてわたくしが王子妃としての部屋が与えられないの!」
イライラして癇癪な声を上げ、アルベルトに詰め寄った。
アルベルトは、申し訳ないと顔色を悪くして謝罪していたが、その姿はおどおど、ソワソワとても情けなく見え、一層苛立ちが募り、更に声を荒げて叫んでしまった。
「貴女、どうしてしまったの?その姿、情けなくってよ。ねえ、しっかりしてよ、お義父様にちゃんと話して、わたくしは帝国の王女なのよ。こんな扱いあんまりだわ!」
しかし、部屋も改善されなければ、婚約祝いの宴も行われない。宴どころか歓待の食事すら催されず、オフィーリアの食事は毎食、客室に運ばれて来るのみだった、一人分が。
そう、アルベルトとさえ共に食事をすることも無い。
オフィーリアは、この婚約後、貴族出身の侍女を帝国からは連れてくることが出来ず、側使いは平民のメイドが一人居るだけだった。
ヘルメスの王宮の使用人もオフィーリア専属ではつけてもらえなかったので、その時々にいる王宮のメイドに大公夫妻へと言付けを頼んでも、暫くするとアルベルトが呼ばれるくらいだった。
そのアルベルトさえ、
「今、君が家族に会うのは無理なんだ、わかってくれ、どうか頼むから君はここで静かに過ごしていてくれ。」
と繰り返すだけであった。
段々アルベルトさえ、来る頻度が減り、オフィーリアは客室で一人過ごすようになっていた。
「いい加減にして!わたくしは女帝マリアの娘なのよ!」
今日も今日とて癇癪に叫び声をあげるが、もう慣れたもので、王宮の者は誰一人やって来ない。
ドアの横に、帝国から連れてきた平民のメイドが黙って立っているだけであった。
「ねえ、誰か呼んで来なさいよ!お前よ、お前。使えないわね!」
オフィーリアは腹を立ててメイドに向かって履いていた靴を投げた。
メイドは微動だにせず、そっと手を上げてその靴を顔の前でシュパっと取るとまたジっと佇んでいるのだった。
「んー!お前、お前よお前、返事をしなさい!」
オフィーリアはなんとも凪ぎなメイドの態度に余計に腹を立てながら怒鳴り散らした。
「私は平民のメイドですが、発言して良いのですか。」
メイドの女は、抑揚の無い声で聞いた。
「い、いい、良いわよ。お前、アルベルトは何をしているの?この王宮の対応はどうなっているの!わたくしに教えなさい。」
オフィーリアは、生まれて始めて平民と話した。平民のメイドなぞ、壁の絵と同じだと思って暮らして来たが他に話す相手もないのだ、返事が返ってきたことに少し動揺したが、それでも何か説明を欲していたので金切り声で命令したのだった。
「えー、王宮がどうかはわかりません。何せ私もこの部屋からあまり外に出たことが無いので。」
メイドは面倒くさそうに返答をした。
「そ、それじゃあ、お前調べなさい、なぜわたくしがこの部屋にまるで軟禁されているような対応をされているのか、アルベルトが何をしているのか調べてきなさい!」
オフィーリアがまた金切り声で命令したが、メイドは
「他国の王宮内で平民のメイドがうろうろしていたら、切り捨てられてしまいますので、出来かねます。大体、姫様、私が切り捨てられたら、明日から身支度も食事の支度も自分でしなければなりませんよ。それで大丈夫ですか?」
メイドはため息混じりに返答した。
「え?王宮の侍女たち、」
「そんな人達なぞ、始めの数日しか来ませんでしたよ。今は私しか身の回りの世話をする者は居ないじゃないですか。」
メイドはオフィーリアの言葉に被せて言い返した。
「じゃ、じゃあ、いいわ。わたくしが自分で聞きに行きますからお前は付き添いなさい。」
オフィーリアはそう言うと、部屋のドアを開けて出ていくのだった。
その頃、アルベルトは、兄たち二人に責められ、父に叱責され、母に泣かれ、とてもオフィーリアに構っていられる状況では無かった。
「アルベルト、これから我が国は西側の国への移動は北回りしか出来ない。帝国との商売も細くなっていくだろう。皇太子殿下は、民の交流は妨げないとは仰って下さったが、ユメテス帝国からの軍事侵攻に今後一切の帝国からの支援は受けれないと言われている。お前の醜聞はもうユメテスの王家には知られているだろうから、これから激しい侵攻があるのは明白だ。お前、この責任どうとる気だ!」
公太子の長兄に胸ぐらを掴まれ、そう怒鳴られるがどうすればいいのかなど頭に浮かばない。
「このオフィーリア王女との婚姻は決して違えられないと女帝陛下に念を押され、帝国に有益な情報を持って来るまで入国禁止ときている。であれば、お前こんな所に呑気に休んでないで、とっとと周辺国へと顔見せをし、人脈を作り、諜報活動に励めよ!お前の短絡のせいで我が国は存亡の危機に陥っているのだぞ!」
横から次兄がこめかみに青筋を浮かせて、耳元で怒鳴る散らす。
アルベルトはただ黙って項垂れている他の術が無かった。
「そうよ、アルベルト。お前のせいで公国の民を飢えさせるわけにはいかないのよ!」
さめざめと涙を流す母の肩を大公である父がそっと抱いた。
「そうだ、お前、お前の婚約者は自身の立場がわかってないようだ。毎日毎日、癇癪を起こしてキチガイか!全く、あのばあさん女帝マリアそっくりだ。いいか、しっかり立場をわからせろ、これ以上我が国に不利益をもたらすことの無いように、いいな!」
父は、まだ泣き震えている母を気遣いながら奥へと下がっていった。
それを合図に兄たちも退出していき、アルベルトだけが家族の居間に取り残された。
実は、オフィーリアが癇癪を起こして部屋を出たことは直ぐに大公の耳に入った。そうとは知らず、なんとは無しに誘導されるがごとく、大公家の話し合いが行われている場所へと辿り着き、メイドと柱の影に隠れて中の様子を伺うことが出来たのだが、その内容の酷さにオフィーリアは言葉を失った。
話し合いの場で、オフィーリアが居ることを知らないのはアルベルトだけ。
それこそ、忌憚の無い意見を直接見聞きすることで、立場をわからせようと謀られたことだった。
「姫様、さあ早く戻りましょう。立ち聞きなど行儀の悪いことをしていたとアルベルト様に知られてしまいますよ。」
メイドにそう言われ、呆然自失となりながらオフィーリアはまた客室へと戻って行ったのだった。
その日、アルベルトは随分遅くにオフィーリアの部屋を訪ねた。
そうして、現状のヘルメス公国の立場がどれ程緊迫しているかを話して聞かせた。
生家である公国での自分の立場も、周辺国での自分の立場や公国の立場も全てが嘲笑の的であり、疫病神と見なされていること、皇太子の命があるので自死したら生家の公国が更に立場を危うくするので死んで詫びることさえ出来ないことを、涙を流しながらオフィーリアに話して聞かせた。
「ああ、これは俺が招いた厄災なんだ。どうか、どうかわかってくれ、オフィー。もう今までのようには行かない、俺たちは楽園を追われた罪人なんだ。ただただ許しを乞うために、この身を帝国へ捧げるしかないんだ。」
オフィーリアもまた、大公家の話を立ち聞きした後、自分の犯した罪をやっと意識したのだった。
失ってしまったのだ、帝国の王女としての権威を。
そうして、帝国の王女であることが、女帝マリアの寵愛を受けた王女であることが自身の価値であったのに、それが無くなり自分には何が残っているか。深い穴に落ちていくような気持ちであった。
それから程なくして、周辺国を周り出すとやはりどこの夜会でも遠巻きにされ、どこの王家にも眉を潜められた。
その歴訪の中で、よくよく理解できたことは、自分の醜聞による価値の欠如と共に母である女帝マリアが思いの外、嫌われているという事実だった。
リンネ王国とそれに与するネプトス・クロノス両王国は言うに及ばずだが、南の半島ウエス共和国の各国でも女帝マリアは正統な帝位継承者とは認められていなかった。
どこの国でも、厚顔無恥な簒奪者として女帝マリアを扱う空気が漂っていた。
この頃になると、オフィーリアは帝国の小さな後宮の中で女帝マリアが万能神だと思っていた思い上がりを恥ずかしく思うようになった。
女帝マリアは正しくは皇帝ではなく、皇太子カールヨハン1世の摂政としてその権勢を奮っているに過ぎないのだった。
皇帝といえども、男系男子で継いできた血統を勝手に変更することなど出来なかったのだ。祖父の先帝が見紛われる前に兄皇太子が生まれたので、成人するまでの繋ぎとして存在していただけなのだった。
むしろ、兄が早逝していたら、どんなに母が戦力で脅そうが各国は連携して引き摺り下ろしただろうと思われた。
《神聖帝国の皇帝にはフリード王こそが相応しい》
それは、歴訪の旅の末、オフィーリアが知った大陸の国々の共通認識であった。
この思いを胸に、ソル王国へ大使として赴任する前に最後に訪れたリンネ王国で、ヘルメス公国の大公夫人と共に王妹ゾフィーに尽力を乞い、リンネ王国と帝国の友好のために、フリード王の姪アンナルイーゼの帝国への輿入れをもぎ取った。
それは、オフィーリアが帝国の為に成し遂げた始めの一歩であった。
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