【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳

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第25話 マリアンナのお茶会

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「まあ、オフィー姉様も気付いてしまわれたのですね。」

話を聞いていたカロリーナが頬に手を当ててほうと、ため息をついた。



「ええ、それはもう良くわかりました。お父様の生家のモントス公国の社交界でさえ、そう言った空気でしたから。」

オフィーリアは苦笑を浮かべながらそう言った。



「ええ!それはさすがに酷くないかしら?仮にも王配の生国ですのに。」

マリアンナが驚いて声を上げた。



「いえ、でもモントス公国は神聖教の原始宗教、聖教会が国教の国。ユメテス帝国もそうですし、ヘルメス公国も神聖教会が幅を利かせているとは言え、聖教会も数多有りますし認められております。すると、より男継に並々ならぬ思い入れがあるようで。これは信心の問題ですからね、人の心に手を入れることは出来ません。お父様が王配ということで、信心が曇ることもないのですよ。」



オフィーリアが眉を下げて困った顔でそうマリアンナに説明をした。



「まあそうね。逆にリンネ王国は神聖新教もお認めになっているでしょう?フリード王は革新的でおられるから、マーティ・ルラー牧師の新教に若い頃改心された。それが、お祖父様、先帝が後継から外した理由なんじゃないかしら?少なくとも皇帝は神聖帝国の祭祀のトップに就任するのに、新教徒では不都合であると思われたのかもしれないわね、わたくしの想像だけれど。」



エリザヴェータがマリアンナに微笑みながらそう言って落ち着かせた。



「宗教・・・宗教のために慣習を変えるって、どうですの?その結果無用な争いが起きていますけれど。祭祀と政治が一緒になっているからこんな問題が出てくるのかしら?皇帝の子供は必ず王子が生まれると決まっている訳でも無いですしね。お祖父様は慣習より宗教観を優先し、周辺各国は慣習を優先したということですわね。む、難しい問題ですわね。分けてしまえば宜しいのでしょうけれど。」



むむむ、と苦しげな呻き声をあげマリアンナは苦悶の表情を浮かべた。



「そうよね、わたくしは神聖教徒ですけれど、陛下は新教徒ですし。王子たちはわたくしと同じ神聖教会で洗礼を受けましたけど、将来的には改宗するかもしれませんしね。」

カロリーナは気安い口調でそう言った。



「え?リーナ姉様、おじ様と宗教、別々ですの?挙式はリンネの王都にある神聖教会でされてましたけれど。」

マリアンナがまた大きく目を見開いてそう聞いた。



「ええ、新教の牧師様の教えも聞きましたけど、やはり長く神聖教に馴染みがありますので改宗には至らなかったのです。幸い陛下は個人の心の拠り所を夫に合わせる必要など無いと言われますし。まあ、騎馬民族の教えのように夫婦の在り方が違ったりすれば、それはまた別でしょうけれど。」

カロリーナのお言葉をエリザヴェータが受けて、



「騎馬民族の教えは、一夫多妻なの。多民族の異教徒は拐って良し、殺して良しという教えだとか。それは受け入れられないのはしょうがないでしょうけど、リーナの所は解釈の違いですからね。とは言え、アレス王国では100年ほど前にはその解釈を巡って内乱が起きたほど。なかなか難しい問題よね。」

そうマリアンナに答えた。



「ほおぅ、そうですのね。国のいざこざに宗教が絡むことがあるのですね。」

マリアンナが難しい顔をして呟くのを受けて、



「ええ、それはあるわよ。またアレス王国の話になるけれど、アレス王国は勿論、神聖教国ですのに、あの国の社交界と言いますか王家と言いますか、随分性に奔放な国で。社交界もとても乱れていますのよ。」

オフィーリアが少し砕けた言葉でそう言った。



「どんな様子?まあ、先代の戦争王も多くの愛人を抱えていたものね。最後の愛人ベキュー夫人は先王亡き今も社交界を仕切っているのでしょう?」

エリザヴェータが意味ありげな流し目をマリアンナにスッと向けた後、オフィーリアに話の続きを則した。



「ええ、先帝の次男が紆余曲折を経て国王となったのだけれど、ルイーズマリー王妃は妊娠と出産を繰り返しておられて、社交界には余りお出にならないのよ。でも、ご多分に漏れず愛妾ジャンリ夫人が幅を利かせてきたのよ。勿論ベキュー夫人は宮廷から出されてしまったけれど、相変わらず社交界では人気を博しているの。その二人の愛人たちと先帝の3人の王女の3大派閥が出来ていて、毎夜どこかで火花を散らしているのだけれど。最近大事件が起きたのよ、新旧愛人対決の。」



オフィーリアが目を細めて言葉を切った。



「何々?うふふ、オフィー姉様ったら、もったいつけないで先を話して。」

カロリーナが微笑と共に先を則した。



「アレス王室御用達の宝石商がベキュー夫人に頼まれて作っていたダイヤと金銀細工の首飾りがあったのだけれど、国王が交代してベキュー夫人にはもう売れないでしょ。それで、現愛人のジャンリ夫人に買って欲しくて、予てよりジャンリ夫人と懇意であると語っていたコット伯爵夫人に頼んだそうなの。



そこに現国王派ではなくて、亡くなった兄の王太子派だったソアン枢機卿が登場するのだけれど、彼は現国王との仲を深めたいと常々口にしていたようなの。聖職者ではあるのだけれど、遊び人なので、そう言う場でね。その話はコット伯爵夫人の耳に入って渡りに舟。伯爵夫人がある夜会で会うや水を向けると、愛人から閨の場で自分を良いヤツだと耳元で囁いて欲しいと言ったそう。そこで、首飾りを代理購入しジャンリ夫人に送ることにしたの、コット伯爵夫人を信用して言われるままに。



だいたい、ジャンリ夫人って、出自が曖昧で社交界にも出てきたばかり。遊び人のソアン枢機卿は名前は知れど顔は知らず。伯爵夫人からジャンリ夫人からの手紙を渡され、指定された日に指定された湖畔の別荘にいけば、ジャンリ夫人と呼ばれる美麗な女性が。



早速、彼女へと首飾りを渡しつつ自分を売り込み成功したと彼は思ったのだけれど、宝石商には国からの支払いが一行にされない。

おかしいと思った宝石商が訴え出て捜査の結果、ジャンリ夫人ではない人物へと首飾りが渡され、しかもコット伯爵がロンド王国でバラバラにして宝石を売りさばいてしまったことがわかったのよ。



これは大詐欺事件として伯爵夫人も替え玉の女も代筆屋も捕まったのだけれど、伯爵はロンド王国へ逃亡したまま逃げてしまった。



ジャンリ夫人は激昂してアレス高等法院に訴え裁判を行った結果、自分は無罪、コット伯爵夫人らは有罪となったのだけれど、大体国王の愛人が大きな顔をして社交界や王宮を跋扈しているのが間違っているって、世間の風潮になってしまっているの。



お金で愛人に取り入ろうとした枢機卿も聖職者も国民の反感を買っているわ。

大体、現国王は兄の王太子やその長男を殺害してその地位を無理矢理奪ったのではないか、という噂も流れていて今、王家の求心力が著しく下がっている、とまあこんな話なのだけれど。



あら、マリアンナ殿下、顔色が悪いわ。大丈夫?どうしたの、大丈夫?」



マリアンナはオフィーリアの話を聞きながら、気の遠くなる思いであった。

バクバクと心音が煩く鳴っている、息も苦しい。

嫌な汗が背中を流れる。



この話には覚えがあった。

ジャンリ夫人の立ち位置は、1度目の世界ではマリアンナが立たされていた。

それはもう少し後の話だったはず、何せマリアンナは社交界にデビューしたばかりなのだから。

記憶の中では、もう数年先、マリアンナが仮面舞踏会など夜遊びに叔母3王女に連れ回されるようになった後だったのだが。



「マリー、大丈夫よ。アレス王国のお話よ。ほら、お茶を飲んで落ち着きなさい。」

カロリーナがマリアンナの口に小さな砂糖菓子を無理矢理入れると紅茶のカップを手に持たせた。



「ああ、こんな薄汚れたような社交界の乱れた話を、まだデビューしたばかりのマリアンナに聞かせてしまって。ごめんなさいね、マリー王女殿下、ダメな姉様ね。わたくし、妹との距離の取り方がわかってなかったわ。本当にごめんなさい。」

オフィーリアが泣きそうな顔をしてマリアンナの背中を撫でながら謝ってきた。



「いいえ、オフィー姉様、大丈夫よ。少々、刺激が強かったけれど、もうわたくしも大人なのだもの、これからそう言う中を泳いで行かなければならないのだし。気にしないで、姉様。」

マリアンナは息を整えると、オフィーリアの手を握ってそう言った。



「いいえ、マリアンナ王女殿下。そんな乱れた社交界など貴女が出て行く必要など無いのです。恐らくあと数年で、アレス王国内は戦乱となるでしょうし。貴女はそんな所に行く必要などないのです。もし行かざるを得ないなら、この姉様が行きますわ。」

真っ直ぐにマリアンナの目を見て、手を握り返し、オフィーリアがそう言った。



「オフィー姉様、前のように、マリーとお呼びになって。オフィー姉様、とても心強い言葉をありがとう。」



マリアンナは深く息をしそう言うと、不思議と心が落ち着いていたのだった。



長く不仲だった帝国の姫君だが、これ以降はお互いがお互いを思いやり同性として助け合う仲になったのである。
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