蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

遺されたもの

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 キンバリーが朝起きたら、ローレンスとマグダレンの二人の空気が何故か異様に重かった。昨日眠る前も三人の間で流れる空気は軽かったとはいえないものの、違う類の重さがありなんとも嫌な空気になっている。遺品を届け、状況を報告するために神殿に向かう道中も三人の間に会話はない。キンバリー自身も昨日の戦いで精神的に疲れていたこともあるし、今の状況はキンバリーが会話をふってなんとかごまかせるレベルを超えていた。

 キンバリーはギュッと手を繋いだままマグダレンと歩きつづける。マグダレンは人に抱きついたり手を繋いできたりするといった動作が好きである。その相手はローレンスとキンバリーの二人に限られる事なのだが、今回はローレンスと喧嘩しているようなので、その対象がキンバリーに絞られてしまっている。キンバリーはチラリとローレンスに視線をやる。その視線に気が付いたローレンスは肩をすくめ苦笑だけを返す。
 喧嘩しているというよりも、またマグダレンが一人でむくれているだけだというのが理解できた。今はマグダレンと手を繋いでいるだけに、ローレンスと心話して事情を聞くわけにもいかない。こうして直に触れ合っている相手には心話は漏れてしまう事があるからだ。もし、その会話がこうなってしまったマグダレンにバレると、『なんでラリーと会話するの? どちらの味方なの!』と騒ぎ出すのが見えているので、キンバリーはあえてそういう事はしなかった。多分、そっとしておけば元に戻るはず。それ以上に、キンバリーの心を重くしている事もあったという事もある。

 神殿で待っているセシリアは、この真実を知ったらどうなるのだろうかと。

 彼女は神の愛が、信じる者を導き、困難に立ち向かおうとする者を助けてくれると信じている為に夫の生還を疑いもしていない。こんな結果など思ってもいないだろう。彼女の夫は、心が失っていく中に最後の最後に残ったのはセシリアへの愛だった。その名を呼び続け壊れていったなんてとてもじゃないけれど言えない。そんな事がセシリアの救いになるわけもない。キンバリーは重い気持ちをはき出すように大きく深呼吸をする。しかし心の重さはまったく変わらなかった。

 首都までの道のりは遠く、途中の街の宿屋で三人は一泊する。キンバリーはブラシと桶を宿屋で借り遺品である装飾品を綺麗に洗う。遺体も残せなかった彼らが唯一遺したものだから。せめて綺麗な状態で神殿に戻してあげたかった。作業をしているキンバリーにマグダレンが近付いてきて、綺麗に洗った装飾品を乾いた布で黙って拭き上げ、皮の袋に丁寧に入れていく。そして、優しい笑みをキンバリーに向けた。

 ※   ※   ※

 翌日の午後を超えたくらいに、三人は首都に辿り着き真っ直ぐ神殿に向かう。
 突然訪れた三人を迎えた神官長はマグダレンの額にある頭飾りの文様を見て驚き、敬うように跪いた。
「そんな礼は必要ありません。今日は東の森での件についてコチラに参りました」
 マグダレンは自分に跪いてくる相手にそういう素っ気ない言葉を返す。
 案内された貴賓室でローレンスは森での事を報告する。その内容に神官長は絶句し、震える手で遺品である装飾品を受け取る。そして三人に深々と頭を下げた。
 報告と遺品を届けることで用事が終わり、それ以上する事はないというか感じで三人は神殿を後にすることにする。彼らも色々後処理もあるだろう。部外者が出来るのはここまでである。

 神殿内の回廊を歩いていたら、三人に元に走ってくる存在がいた。三人の前につくまえに他の巫に止められたがセシリアだった。
「何故! 三人だけで? あの人は?」
 抑えられながら叫ぶセシリアに、三人は近づき視線で他の巫に彼女を放すように支持する。
「すまなかったセシリア。しかし彼は浄化された。その魂は今天国にいる」
 セシリアはローレンスの言葉に黒い瞳を見開き、顔を激しくふる。そしてローレンスに詰め寄りその逞しい胸を激しく叩く。
「助けて下さるとおっしゃったではないですか! なのに何故!」
 ローレンス達は最悪な事態を想定していただけに、そういう約束は一切してはいない。しかし彼女の中ではそのような事となっていたのだろう。慌てて駆けつけた神官長がセシリアを諫め三人に謝るが。セシリアは現実を受け入れられず三人に叫び続ける。

 その様子を皆黙って見続ける事しかできない。どんな言葉も今の彼女には無意味だからだ。夫や恋人といった、愛する人がまだいないキンバリーには、それを失うという事がどれ程の苦悩なのかは分からないが。あの大人しいセシリアが狂わんばかりに叫び泣いている様子は見ているだけで辛いものがあり、手で口を抑えてしまう。唇の所にもってきた手を握りしめる。その時指輪に何か温かいものを感じた。
「私はこれから、どうして生きていけばいいの……一人で」
 感情を爆発させすぎて身体がついていけなくなったのか、セシリアはそのまま崩れるように床に座り込む。そして放心したような状態になりそうつぶやいた。
「一人じゃないよ」
 キンバリーはそっとセシリアに近づきそう声をかける。セシリアは言っている意味が分からないとぼんやりとした表情でキンバリーを見上げる。
「貴方の中に、旦那様が遺してくれた命がある。感じない?」
 セシリアの虚ろな瞳でキンバリーを見つめ返す。ローレンスとマグダレンは顔を見合わせる。マグダレンがそっとセシリアの近くに跪きそっと左手を彼女のお腹に触れ目を閉じる。そして目をゆっくり開き、ローレンスを見上げて頷く。
「分からない? 貴方には子供がいる」
 キンバリーは子供に語りかけるようにセシリアに言葉を続ける。セシリアの顔の僅かだが表情が戻り、違った意味での涙が彼女の頬からこぼれる。マグダレンはそっとセシリアを抱きしめる。
「貴方は、もう母親なのだから、強くならないと」
「はい」
 セシリアは小さい声だがしっかり返事をして頷き、マグダレンにすがりつき肩を振るわせてその泣き続けた。マグダレンはセシリアが落ち着くまでその背中をなで好きに泣かせてあげることにしたようだ。キンバリーはそっと二人から離れローレンスの隣へと移動する。
《キミー、何故彼女の妊娠が分かった?》
 心話で話しかけてくるローレンスにキンバリーは少し首を傾げる。
《わからない、でも指輪が教えてくれたの。なんとなくだけど》
 左手を胸の前にもってきて祓魔師を印のついた指輪をキンバリーは見つめる。指輪に祈りにも似た気持ちでどうしたらセシリアが救われるのかと考えたときに、キンバリーには見えたのだ。いや感じたというのが正しいのかもしれない。セシリアの中にあるまだまだ小さいけれどシッカリと輝く命の存在を。
 ローレンスはそっとキンバリーの肩に手をやり軽く二回叩いた。キンバリーは少し不思議そうにローレンスを見上げる。
《女は母親になると強い。だからもう大丈夫だ》
 ローレンスの心話にキンバリーは、瞳に哀の色を秘めたまま小さく笑う。そんなキンバリーにローレンスはいつもの優しげで温かい笑みではなく何故か寂しそうに目を細め見つめ返してきた。
《いや、どんな絶望にも希望に繋ぐ未来への道があるというものだな。お前のように》
《私?》
 ローレンスは頷き、キンバリーの頭を優しく撫でる。
《そうだ、俺とマグダレンの希望、それがお前だ。だからあんな悲しげな顔ではなく、お前らしい笑みを浮かべてくれ。無理して笑うな、本当に笑いたいときに笑え》
 ローレンスの言葉にキンバリーは静かに頷く。そしてセシリアに、そして神殿にいる巫達へと視線を巡らせる。亡くなった仲間に対して悼みに震える彼らの姿を心に焼き付ける。しっかりと前に進むために。



~~~三章 完~~~
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