蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

面白くない打ち明け話

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 洞窟での仕事を終えた三人は、近くの川のほとりで、火をたき夜営をすることにした。衣類を全て脱ぎ身体を清め着替えても三人の心には一仕事終えた達成感と開放感は訪れてこなかった。

 無言で火を囲む三人。ローレンスは眠れと命じたが、キンバリーは先程の衝撃が抜けないために眠れず横たわる気にもなれず、炎が躍る様子をただ眺めていた。
 今まで沢山の腐人と少しの堕人を倒してきた。それは単なる人間に脅威を与える存在であり、倒す事を躊躇う相手でもなかった。どちらも元人間であることは分かっていたものの、キンバリーにとっては駆除すべきモノでしかなかった。
「キンバリー! 祓魔師の基本をもう一度思い出せ! もう二度と躊躇うな! 戦っている時は惑うな!」
 突然話し掛けてきたローレンスにキンバリーは顔を上げる。
 祓魔師になる事に決めた時、ローレンスから学んだ言葉。
『闇に堕ちた存在は、いかなる理由があろうと葬り滅する事』
『穢れを帯び、闇に侵されたと判断された者は、速やかに浄化し処分する事』
 二つ文章、表現は違えど、言っている事は全く同じ。とどめを刺し焼却処分をすること。
 素直に頷くものの、まだ眼に惑いを浮かべるキンバリーを見て、ローレンスは更に言葉を続ける。
「我々が守るべきは、過去ではなく、未来だ! そこを心に留めておけ。これを分かっていたら、何をすべきか自ずと分かるだろ?」
 キンバリーはその言葉をしっかり心に刻みつけ頷いた。
「腐人と堕人ってそもそも、何故生まれたのでしょうか?」
 師として接するときと、気の置けない仲間としてじゃれあう時で、キンバリーはキッチリと口調を変えてくる。
 その質問にローレンスの顔は、苦悩の色を深める。
「愚かな人間が、欲に走り堕ちて……」
 マグダレンが代わりに説明を始めるが、ローレンスは首を横にふる。マグダレンは怪訝そうに説明していた言葉を止める。
「基本的に、腐人も堕人も同じモノだ。闇に身体や精神も侵された人間や巫だ」
 ローレンスは、静かに語り出す。
「何が違うのでしょうか?」
 キンバリーの問いに、ローレンスはジッと炎を睨むようにしていた目を細める。マグダレンはどこか納得のいっていない様子でローレンスを見つめている。
「闇に対する耐性の違いだ。闇に侵された人間は皆身体と精神が腐化していく。耐性がない者は即腐人となり、耐性がありゆるやかな腐化の課程にあるものを堕人と呼んでいる」
 キンバリーはその説明に首を傾げる。ということは最終的にどちらも腐人になるという事になる。キンバリーが教わってきた話では堕人は自ら進んで悪魔との契約にて闇の力を手に入れた者の事で、腐人はその堕人によって傷つけられ闇を体内に帯びてしまった者という事だった。マグダレン顔を顰めたまま。彼女の認識もやや違うようだ。
「じゃあ、さっきの女の、堕人と腐人になるかを選択させるというのは? 皆腐人になるなら選択もなにもないですよね」
 キンバリーは素直に感じた疑問を口にした。
「巫の力は、その腐化の進行を遅らせることができる。しかしそれも限度がある、その進行を遅らせるには他の巫の力を体内に取り込む事しかない。堕人が巫を獲物にするのはそういう理由がある。つまりは腐化を止める為だ。あの女がさせた選択は、腐化していくのが嫌ならば仲間の巫を食べろ! そういう事だ」
 ローレンスの口調は淡々としていたが、キンバリーの心に激しい衝撃を与える。
「そもそも、腐化って何なのですか?」
 キンバリーが動揺しながらも、そのように冷静に質問を繰り出したのは、何処かで引っかかっていた事を、気付かないふり知らないふりをするのではなく、ハッキリ知った上で納得したかったからだ。ローレンスは、前で組んでいた拳を握りしめ、唇をグッと閉め黙り込む。
「不老への憧れ、巫のような力を手にいれる為に、巫の肉や血を食する者がいて、その中の一部の人が変異してそういう存在が現れたと言われている。つまりは神が人に与えた罰」
 代わりにマグダレンが答える。あまりにもおぞましいその内容に、キンバリーは何の言葉も返せなくなる。マグダレンはそっとキンバリーに近づきその身体を抱きしめる。そのまま三人の間には沈黙がおりたまま時間が過ぎていく。
 あまりにも多くの事がありすぎた、キンバリーの身体は疲れを思い出しマグダレンの胸の暖かさもありゆっくりと意識をなくし眠りに落ちていった。
 
 ※   ※   ※

 ローレンスとマグダレンは、キンバリーの寝息を聞きながら、黙って火を眺めつづける。
「マグダ、お前が祓魔師の道を選んだのは、あの白髪で赤い眼の堕人に復讐する為か?」
 突然ローレンスが話しかけてくる。マグダレンは炎からローレンスに視線を移し、その目をシッカリみて頷く。
「俺は違う、アイツらを浄化してやる為だ」
 マグダレンは目を見開き、信じられないものをみるかのようにローレンスを見つめる。浄化、退治、やっている事は同じでも意味は真逆である。
「ラリー、何を? 同じ理由な筈! アイツらは……」
 ローレンスは苦い顔をして頷く。
「今日は色々、胸くそ悪い事があったな。もう一つ胸くそわるくなる話を聞いても同じ事だろう。今までお前が不快になりそうだから話さなかった事があるが、聞くか?」
 ローレンスの言葉に、怒りを少し引っ込めマグダレンは頷く。
「この旅で今まであった堕人は、確かにお前が思っているような、馬鹿な事をして堕ちたヤツなのだろうな。でもあの赤い眼の堕人は違う」
 マグダレンは、心の中でモヤモヤしていたものがさらに暗く広がっていくのを感じ、胸に抱いていたキンバリーを抱きしめる。
「アイツらは、意志とか関係なく生まれながらの堕人だ」
 マグダレンは顔を顰める。
「何、言っているの? そんな馬鹿な妊娠中の堕人が生んだとか言っているの?」
 ローレンスは苦しげに顔を歪ませ横に首をふる。堕人の身体は己自身の生命を維持するだけで精一杯で、腐化した段階で、まず最初に胎児が死ぬ。
「恐らくは巫同士の伽によって生み出された、失敗作だ。つまりは非人が成長したものだ」
 マグダレンは、身体をブルブルと振るわせる。
「あり得ない。何でそんな馬鹿な事を考えたの?」
 ローレンスは、首をふる。そんなローレンスの耳に記憶にある会話が蘇る。
『やっと分かった。あの赤い眼の堕人が何者なのか』
 悩み続け苦しんでいたのが分かる表情でその人物はローレンスを見上げている。
『アレは、伽によって生まれた失敗作。強さを求めて研究を続け神の領域を穢した我々への神からの警鐘……』
 ローレンスも、今のマグダレンと同じ言葉をその時返した。その人物は悲しそうに目を細め、首を横にふる。いつも気丈に振る舞い弱さなど見せたことのないその人物の瞳が絶望と嗟咨に揺れているのを見て言葉も返せなくなる。
『そして愚かにも、それを研究材料として秘密裏に彼らを隠し育てていた……だから彼らは突然、現れた。いや、元々近くにいた。そして彼らがあそこまで我々に執着するのは補食の為だけでなく、復讐のような気がします』
 マグダレンの必死に否定する声がローレンスにぶつけられる。
「マグダレン、俺だって話を聞いた時は信じたくなかった。しかし里でも起こった異常発育した胎児を見て納得した。ああ、この子供がそうなのだと」
 マグダレンは、緑の瞳を見開いてジッとローレンスに向ける。
「聞いたって誰に? いつ?」
 失言をした事を、ローレンスは気が付いた。マグダレンは怒り出すのではなく、傷ついたように顔を下に向け何も言わなくなる。ローレンスは自分の迂闊さを悔いると同時に、この話の流れで気にするところがソコかと、マグダレンに対して呆れてしまう。
 この機会に重要な話をしようと思い話を始めたのだが、マグダレンは、ローレンスが秘密を知りながらずっと語ってくれなかったという事について拗ねてしまったようだ。
「マグダ、いいから聞け、お前に」
「いい、ラリーの口から聞きたくない何も」
 そっと抱いていたキンバリーをそっと地面に置き、ケープを優しく被せてから、立ち上がりマグダレンは早朝の朝靄の中に消えていった。
「たくッ」
 ローレンスは激しく髪をかきむしった。もう、この森には魔の物もいないし、マグダレンだけに、一人にしても危険はない。寧ろこの状態のマグダレンに遭遇した夜盗などの方が危険なのかもしれない。ローレンスはあえて追いかけず、頭が冷えるまでそっとしておいてやることにした。
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