蒼き流れの中で

白い黒猫

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三章 ~喪ったものと、遺されたもの~ キンバリーの世界

戦慄の二択

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 キンバリーはまっすぐ一つの木へと歩いていく。そこは罠として木に繋がれていた魔の物がいた木である。もう燃え尽きていて、骨すら残っていない。キンバリーが先程確認した状態では、腐人は全部で六体。

 キンバリーが気を放った時に見えた腐人はケープを着ていた、つまりは巫だった者ということだ。キンバリーは木の根元を探りそこに落ちているものを見て大きく溜息をつく。
 左薬指に填められていたであろう指輪で、神に仕える者の証。キンバリーは手を合わせ祈る。そして腐人の繋がれていた木を回り同じように祈りを捧げ指輪を拾い上げキンバリーは手巾をポケットから取り出し焼け残った金属の装飾品を包む。武器の類はここにはなく、遺されたのは、かつての身分を示すちっぽけな金属の塊のみ。
 今まで倒してきた腐人は単なる駆除するものでしかなく、元人間であったとは分かってはいたものの、感情もなく、その身体も腐化しており、生きている姿を想像する事すら難しい状態。倒すことに達成感を覚え、倒すことを寧ろ楽しんでいた。しかしそれが自分と同じ想いで敵に挑み倒れていった存在だと分かると、何とも言えない空しさが心に広がり、そして痛嘆の思いが湧き起こってくる。
 最後の木の前で立ち尽くしているキンバリーを後ろからフワリと抱きしめてくる者がいた。マグダレンである。その暖かさにホッとした瞬間、キンバリーの瞳から涙が零れる。マグダレンは指でキンバリーの涙を拭ってやり、頬にキスをしてキンバリーが落ち着くのを静かに待ってくれた。

 ローレンスはマグダレンにキンバリーを任せ、地面にそっと手を添える。そしてそこで感じたものに顔を歪める。立ち上がり、森の奧へと歩き出す。
「ラリー?」
 その行動に気が付いたマグダレンが声をかける。
「お前らは此所にいろ」
 ローレンスがいつになく激しい怒りを秘めている様子にマグダレンは眉を寄せる。
「私達も行かせて下さい」
 マグダレンの声が森に響くその碧の瞳は真っ直ぐローレンスを見つめていた。同じ意志を込めた目でキンバリーもローレンスを見ている。キンバリーの瞳はもう涙を流していない。ローレンスは溜息をつき、二人を見つめかえす。
「二人とも、この後の光景を見て、もう泣いたり、我を失ったりするなよ」
 ローレンスはそういう言葉だけをかけて、そのまま歩き出す。二人は黙ったままローレンスの後に続く。
 キンバリーが作り出した火玉に照らされた森の中を三人は静かに進んだ。三人の間に、何とも言えない緊張した空気が漂う。
 一刻程歩いだのだろうか? 火の力でも感じられる程度に迫ってきた目的地の様子に、マグダレンとキンバリーの表情も強張る。マグダレンは何も言わずに、キンバリーの手をそっと握りそのままの状態で歩き続けた。

 三人は洞窟の前で一旦足を止めた。奧から感じる腐人の気配。言葉にならない呻き声が絶え間なく聞こえている。
「キミー洞窟を照らしてくれ!」
 ローレンスの言葉に、キンバリーは緊張した表情で頷き、一回深呼吸してから火の玉を放つ。思った以上に洞窟は深いようでゆっくりと進んでいく火の玉はゴツゴツとした岩肌を見せていくだけであった。
 ローレンスは剣を抜きゆっくりと洞窟に踏み入れていく。二人も覚悟を決めたように剣を抜きローレンスについて行く。剣を手にしているものの、三人の中には戦意などまったくない。待ち受けている情景をもう感じているのからだ。

 やがて、火の玉は異様な光景を映し出す。無造作に積まれた巫の遺体、というより肉と骨と千切れた布で構成された山。その奥から呻き声とも唸り声ともつかない声が響く。光はさらに奥の風景を照らしていく。十数人の人間が岩肌を背に腰掛けている。それは縛られた両手を頭の上で上げた状態で岩肌に繋がれた数十人の巫、いや元巫だった者達。上で繋がれているだけでなく立ち上がれないように太腿に剣が深々と突き刺さっており動きを封じている。しかし誰ももう痛がる者がいないようだ。いるのは生気のない目で獣のようにうめいている者、キンバリーの出す気から逃れようとする者、岩肌に激しく頭をぶつけ悶える者。あるいはまったく動かない者。その光景をマグダレンとローレンスは顔を顰め、キンバリーは呆然と見つめる。
「……シ……ア。セ……ア」
 立ち尽くす三人の耳に呻き声の他にそんな言葉が微かに聞こえてくる。キンバリーはその声のする方向にそっと近付く。すると赤いケープに身を包んだ巫がそこにはいた。フードに隠れている顔を見るために近づこうとするが、ローレンスが背後からキンバリーの身体を荒く抱き寄せ止める。
「うかつに近付くな、穢されるぞ」
 ローレンスの声に、キンバリーは息をのむ。キンバリーの視線の中で、赤いケープを着た人物は、「セシリア」とその名を繰り返す。その左手には婚姻を示す腕輪が見えた。その腕輪の文様は百合の花。あの時セシリアがしていたものと同じである。
「でも、この人はセシリアの! それにまだ意識がある!」
 叫ぶキンバリーの声に、男がゆっくりと顔を上げる。変色した顔にある虚ろな瞳が三人を見上げる。その男の目に僅かだが光が戻る。
「コ……ロ」
 キンバリーは『ほら!』とローレンスに振りかえるが、そのあと聞こえてくる言葉に衝撃を受ける。
「コロ……シテクレ」
 キンバリーが振りかえると、男は縋るような目で言葉を続ける。
「ルノハ……イ……ヤ」
 言葉を聞いていて、キンバリーは身体が震えてくるのを感じた。その震える身体をローレンスが強く抱きしめる。
「コロセ……コ……ロセ……ロセ……コ……セ……コロ……セ……コロセ……コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロ……セ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ……コロセ、コロセ、コロセ、コ……ロセ、コロセ、コロセコロセ、コロセ、コロセ……」
 男は愛する女性の名ではなく、絶望的な言葉だけを繰り返すようになる。キンバリーは目が零れるくらい見開いてただ呆然とその男を見続けることしか出来なかった。耳を塞ぐことも忘れて。
 突然、男は激しく燃え上がる。キンバリーが横をみると、炎を放ったマグダレンが憤怒の表情で炎を見つめていた。
「さっさと仕事を終わらせましょう」
 マグダレンは静かにそう呟くように言い、剣を強く握りしめた。
「みんなを、浄化してやろう」
 ローレンスがキンバリーに諭すように話しかけ、キンバリーは潤んだ瞳のまま大きく頷いた。
 三人で手分けをして、一人一人にとどめを刺し燃やしていく。キンバリーが三人目を手にかけようとした瞬間に俯いていた人物が顔を上げる。そして驚く事にその人物と目が合う。キンバリーの手が思わず止まる。
 緑の瞳がキンバリーを真っ直ぐ見つめてくる。顔色は浅黒く変色していっているものの、明らかに他の人達とは違った正気を感じさせる目をしている。男の目がキンバリーを見て細められる。
「……あの女……倒してく……れたのか?」
 途切れているもののハッキリした口調でそう問われ、キンバリーは頷く。男はホッとしたような顔をして弱々しく笑う。
「……ありがと……う」
 礼を言う男に、キンバリーは首を横にふる。
「待って、今縄を」
「不要だ!」
 キンバリーの言葉を遮るように男が叫ぶ。いつのまにか近付いてきてキンバリーの背後にいたローレンスがキンバリーの剣をもつ手を強く握ってきた。キンバリーが剣を使おうにも動かせない。
「何があった?」
 マグダレンが男に問う。
「あの女はここに……俺達をこつないで食べていった……そして残った巫に……自分の血を飲ませ……選ばせた……」
 男はそこまで言い、ゼイゼイと苦しげな呼吸をする。
「選ばせるって?」
 キンバリーの声に、男は顔を歪める。
「この……まま腐化して……いくか……堕ちるか」
 つまりは心を失った化け物になるか、信仰も人間も捨てた仲間を喰らう化け物になるかという、絶望的な選択をさせたという事である。ここで腐化した巫は最後まで信仰を守った人達なのだろう。そして一人だけが心を失う恐怖から堕ちた。
 男はローレンスを真っ直ぐ見上げる。
「俺……を殺して……くれ、人間……であるうちに」
 ローレンスは静かに頷き、男の心臓をそのまま一思いに貫き火の気を放つ。キンバリーは何も言わず、涙も流すこともなく、男が他の腐人とは異なりゆっくりと燃えていくのをただ見つめることしか出来なかった。
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