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一章 魔王城、意外と居心地がいい気がする。
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しおりを挟む俺は覚悟を決めて口を開こうとしたが、室内から大きなため息が聞こえて、また二人でこそりと覗き込む。
『はぁ……魔王様、いったいどうなされたのです。昨日はあんなに浮かれてシャルさんの結界を解くとおっしゃっていたじゃないですか。執務室に来てもらうよう、誘ってくると駆けて行かれたでしょう?』
『………………』
ピタリ。書類を捌いていたアゼルの筆が、初めて止まった。そうだ。アゼルは昨日嬉しそうにそうしてくれた。そして俺はここに来ると約束をしたのだ。
俺は約束通りここにいるが、アゼルたちは気がついていない。
浮かれていたその先の展開を知っているガドは、きゅうっと眉を寄せている。
『……来ない』
『は?』
『来ねぇよ、アイツは。……絶対に』
感情を押し殺した無表情で、暗い目のまま、アゼルはそう言い切った。
そして何事もなかったかのように、また筆を動かし始める。
ライゼンさんが詳しい理由がわからなくて困惑しながら尋ねても、もうアゼルはなにも返事をすることがなかった。
なぜか、アゼルの表情がないのは、拒絶ではなく──防衛に見えた。
俺はそっと、音をたてないように慎重に扉を閉める。そして改めて、真っ直ぐにガドを見つめた。
「ガド、今から空中散歩に行こう」
「よしきた。場所は?」
「アクシオ谷」
ガドは俺のはっきりとした答えを聞いて、不敵に、とびきり愉快そうに笑う。そして俺を軽く抱え上げ、歩き始めた。
──俺は……マルオの話を聞いて花を取りに行けたなら、アゼルにたくさんのありがとうを伝えると決めていた。
そして、もしもよければ。
お前が俺を要らなくなるその時までこれからもよろしくと、そう言うと決めていた。
牢から出られないからじゃない。
出られるようになっても、俺はまだここにいたいのだと。
伝えるまで逃げられない。逃げたくない。向き合いたい。もっとちゃんと、お前という個人に。
恐ろしい魔王であるアゼルだが、俺と過ごしていた時に見た全てが昨日の出来事で消え去ったとは思えない。
短い時しか経っていないが、アゼルはそんな男じゃない、と思う。魔王という肩書きは関係ない。
それにポジティブ思考に向かうなら、だ。
俺が逃げだすのではないかと勘違いして、もしかしてだけであぁまで取り乱すなんて、一見酷く怒らせたみたいだが。
なんだか、まるで。
「恋、じゃないか。手放せないほど、愛しているみたいだな」
クスリと笑う。
本気でそう思っているわけじゃないが、茶化してやればよかったのかもしれないぞ。俺は気が利かなくてダメだな。
ははは、なんだ。
そう思えば別人のような冷ややかなアゼルも気にならな……、……。
(──……愛?)
急に、冗談めかしたポジティブ思考が、正常な脳の待ったを受けた。
あぁ……ええと、少し冗談がすぎたな。
俺もアイツも男だし、種族も違うし、あんなに荒々しい美形が俺を愛するわけがない。
どうしてそう思ったのか。
まったく俺のポンコツな頭は、まだ血液が足りないのか。そういうことならまだ俺が惚れているほうが自然だ。
殺しに来たのに生かされ、今までよりずっといい生活をさせてもらって、誰かを殺せとも言われなければ、対等に接してもらって、安全確保に奔走してくれる。
そんな素直じゃない、かわいい美形。
そんなものに飼われていたら、惚れていなくても必死になにかお返しをしたくなるものだろう。
傷つけてしまったと、酷く心痛めるだろう。そばにいたいと、願ってしまうだろう。
うんうんと深く頷いて、納得する。
そうなのだ。
俺は素晴らしい優しく大切な飼い主のために、窓の外で俺が飛び出してくるのを今か今かと待っているヒュドルド型絶叫コースターへ、乗り込むのだ。
……くっ……!
合言葉は、アゼルのため、だ!
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