75 / 901
二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。
19
しおりを挟む◇ ◇ ◇
「うおぉ……凄い。速い。凄い」
予定を早めて魔王城を発った俺とアゼルは、現在──素晴らしいスビードで、ぐんぐんと森を抜けていた。
いやはや。
言いたいことはよくわかるぞ。
俺だって地上も空も魔物がうじゃうじゃといる魔界で、こんなにもサクサクと移動できるとは思わなかった。展開が早すぎる。
というか、魔物自体ほとんど遭遇しないんだが──……その理由はひとえに、移動手段としてチョイスされた反則級の乗り物にあった。
「アゼル、疲れないか? 大丈夫か?」
「ガルルル、ウォンッ」
うん。さっぱりわからない。
俺は自分がしがみつく黒毛をポンポンとなでて労りながら、渋い顔をした。
アゼルと声をかけて返ってきたのは、低く重厚な獣の吠え声だ。
それは俺のしがみつく巨大な黒い狼から発せられたもので、つまりそう、本日のお車は魔王様である。
(なんというか……勇者が魔王を足に使っていいものだろうか……)
悩ましい心持ちだが、アゼル本人は非常にご機嫌麗しいので仕方がない。
時を遡ること、小一時間前。
本来なら馬車で行くのが通常であるこの世界なので、俺とアゼルは馬車に乗るべく城の門の前へ向かった。
しかし、そこにはなにもなかったのだ。
不思議に思った俺はアゼルに意図を尋ねたが、返ってきた答えが、移動方法は徒歩。
信じ難いだろう?
俺も驚いて聞き返してしまった。
王様が公務で移動するというのに徒歩とは、あんまりじゃないか。
そもそも、人間国の王様はほとんど城を出なかったのだぞ? なのに、魔界では自国の視察すら魔王自らが行う。
国王は城から出るとしても、華美な装飾がされた王家の紋章入りの専用馬車を用いていた。
なのに、魔王は徒歩。
魔王と書いて社畜と読むのだろうか。
俺はアゼルの鬼畜な待遇が信じられなくて、ついドッキリかと石畳をポンポン叩いてしまったくらいだ。
が、アゼル曰く──
『それは人間が脆弱種族だからだ。弱けりゃ王は外に出ねぇけど、魔族は俺が最強だからな。リスクがねぇんだから、視察にも自らが行く。そんでユニコーンやペガサスが引く馬車より、俺が走ったほうが速いぜ』
──ということらしく。
ふふん、とドヤ顔で自分を指差していた。まるで褒められ待ちのワンコのようだ。一瞬耳と尻尾が見えた気がしたが、幻覚だろう。
説明を終えたアゼルは自らが馬車になる気満々で、瞬く間に姿を変えた。
そして現れたのはクドラキオン──要するにとても大きな黒い狼だ。
初めて見た。
アゼルの第三形態である。
これは本来の魔物としての姿らしいが……ガドから聞いていたとはいえ、やはりイヌ科か。幻覚かと思ったが現実だったとは。
けれど説明すると呆気ないが、実際目にするとそうかわいらしいものでもない。
俺が見上げるほど大きな狼だ。
竜ほどではないが、高速道路を走る大型トラックくらいはある。
闇に溶けられると見分けるのは困難なほどの艷やかな漆黒の毛並みは混じりっけなく美しいが、呑み込まれそうだ。
四本の足には、ナイフのような鋭い爪を覆うように濃厚な赤い毛がある。それらは長くしなやかな足の中ほどまで伸びていた。
そして体を薄く覆う黒モヤ。
これが恐ろしい。視認が容易なレベルの、濃密な闇の魔力なのだ。
足の先からは、血液のような色の蔦が四本伸びていて、先端には鋭い大鎌がある。それらは重力に逆らい、自在にゆらゆらと揺れていた。
つまりどこをどう見ても、お車アゼルはただのラスボスなのであった。
祖母の家で飼っていた黒い大型犬と一緒だと思っていたら大間違いなおどろおどろしい威圧感がたっぷりだぞ。
いかに俺が動物に弱い男でも、モフモフしたいなと思っている場合ではないだろう?
砂埃が巻き上がるほど尻尾を振りしきっていたが、ドヤ顔をしているアゼルの気分に水を差してはいけない。
117
あなたにおすすめの小説
その男、ストーカーにつき
ryon*
BL
スパダリ?
いいえ、ただのストーカーです。
***
完結しました。
エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。
そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。
ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました
あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。
完結済みです。
7回BL大賞エントリーします。
表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
スイート・スパイシースイート
すずひも屋 小説:恋川春撒 その他:せつ
BL
佐藤裕一郎は経営してるカレー屋から自宅への帰り道、店の近くの薬品ラボに勤める研究オタクの竹川琢を不良から助ける。そしたら何か懐かれちまって…? ※大丈夫っ(笑)この小説はBLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる