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三章 勇者と偽勇者と恩人勇者。
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しおりを挟む魔王の執務室から玉座の間までは、さほど時間がかからずに到着することができた。
それまでの道中も別段変わったことはなく、もちろん俺も変わらない。
そうやって平静と歩いてきたはずが、玉座の間の扉前に立つアゼルは、落ち着かない様子で俺を見た。
ポーカーフェイスは得意だ。
けれどそんな顔をするということは、違和感を悟られたのだろう。本当に……俺のことを、よく見ている。
「……どうした? シャル、こっちを見ろ」
「ん? 俺はなんともないが……ふふふ、怖くなんかないぞ?」
「なんとも? でもシャル……」
「うん」
無理に笑ったりしない。
なにを言っているんだ? とばかりにきょとんとして首を傾げる。
目線を逸らさないほうがいい。隠し通すなら堂々と、見つめすぎることなく。逸らすのは俺が先のほうがいい。
声のトーンも視線の運び方も、完璧に。
バレてしまったらアゼルにつく傷が倍深くなると肝に銘じて貫く。
適度な瞬きとリラックスした挙動で呼吸を一定に保ち、察しが悪い顔で笑う。
「さぁ、勇者を迎えような」
たった一つの嘘のために、他の全てはありのままの素直な俺でそう言った。
けれどアゼルはキュゥ、と眉間に皺を寄せ、オロオロと狼狽を隠せず縋るような視線を返す。
ダメだな、うまくできていない。
不安がらせてる。
だけど……言えない。今は言えないんだ。
怖い。
「シャル、シャル」
「開けるよ」
「シャル……」
引き止めたのは、たぶん勘だろう。
名前以外にどう声をかけていいかわからないが、それでもなにかを察知したアゼルは、懸命に俺を呼ぶ。
俺はそれを振り切って、ギギィ、と亭々たる扉を重々しく開いた。
どうぞ、と手を前へ出して執事のように促す仕草をすると、アゼルは瞳を揺らしたが黙って室内へ足を進める。その目があとでまた、と言ったが気がつかないフリをした。
追って中に入る。
柱や天井まで細かい彫刻が施された壮厳な玉座の間は、俺とアゼルが初めて出会った場所だ。
アゼルが前へ進むたび、コツ、コツ、と大理石の床を踏む音がする。
俺はその後ろを、距離を取って密やかに進んだ。魔力を制限されているのでスキルを使えないが、隠密には自信があるんだ。堂々と隣を歩くことは、今は自信がない。
開けたホールの中央には、律儀に攻撃を仕掛けず待っている剣士がいた。
白銀の鎧に身を包み、根っこのほうが黒くなった短い金髪をツンツンと尖らせている。
つり上がった眼光は鋭く、歳の頃は十代後半か二十代前半、俺より若く見えた。
背中に背負った大剣は眩さすら感じる業物だ。
勇者らしい装備をした男の三メートルほど前に、アゼルは無防備に立ちはだかった。
上背は男のほうが高いだろう。それでも鎧をまとった相手に対して、薄い軽装で立っているアゼルのほうが大きく見えた。
俺はそんな二人の邪魔をしないよう、二人の間程にある壁に近い柱でそっと見守る。
「勇者を待たせる魔王がいるかよ。普通ドヤ顔で待ってるもんじゃねえのか」
静かに相対した二人のうち、先に声を出したのは勇者だった。
魔族の頂点・魔王であるのに不気味に魔力を隠し、底知れない存在であるアゼル。
彼に怯んだ様子はない。ラスボスらしく、勇猛猛々しい振る舞い。
「生憎、たった一人の侵入者を心待ちにするようなイカレた脳みそはしてねぇんだよ」
「好きで一人で来たわけねぇだろうが。仲間は城にたどり着く前に怪我させられて、先に帰らせたンだ。残虐非道な、お前ら魔族にな」
「ハッ、弱いからだろ?」
──ガァンッッ!!
アゼルが冷酷な瞳で勇者を見ながら鼻で笑った途端、勇者は一撃で切り殺さん勢いで飛ぶように斬りかかった。
それをいつの間に剣を出したのか、アゼルは難なく片手で受け止める。
その剣撃でわかった。
見るからに重量のある大剣に重心を奪われることなくあの速度で振り回すことは、並大抵の剣士にできることじゃない。
間違いなく──この勇者は、今まで俺が人間国でみた剣士の中で……一番強い。
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