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一皿目 おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる魔王です
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しおりを挟む普段もアゼルは背中に張り付いているが、好きな人に抱きつく、それは真面目な彼も気持ちがわかるそうだ。
好きだからそばにいたいし触りたい。
なるほどと。
だがしかし、壁に追い詰めて見たこともないような笑顔で飛びかかる気持ちは、ちっともわからない。
『魔王様。私は魔王様が表情豊かになり、信頼できる部下には気遣いや遠慮をせず、わがままを言うようになられたことは、全面的に喜んでおりますよ?』
『……う、ぅぃ……』
『ですがそれと同時に、貴方様のコレを知らず揺るぎない強さを求める民衆には、ポンコツバレしてはいけません。だからこそハートフルで愉快な魔王様だと侮られてしまわないよう、最低限それらしく振舞ってくださいと、お願い申し上げていると思うのです』
『ぐるる……』
『できる限り貴方様を理解したい。なので、きっと満面の笑みを浮かべていらした先ほどの行為も、貴方様にとってとても楽しい大事な行為なのかもしれませんが……なぜです、わかりません……』
『…………』
『なぜ……なぜ両手足で壁にしがみつき、シャルさんを壁と自分で挟むのか……半休を使って、魔王様ともあろうお方が……』
真剣に考えてくれたが故にショートしてしまったのか、私には魔王様がわかりません、と悩ましげにライゼンさんは告げる。
そのおかげで普段抱き合うようなものじゃなく、いかに意味のわからない謎のイチャつきをしていたかが、痛いくらい知らしめられた。
だめだ。
双方メンタルにダメージが大きすぎた。
「アゼル、寝よう。寝て忘れるんだ」
「しゃ、シャル……! 俺明日ライゼンの顔見れねぇ……!」
ぽふぽふと自分の隣を叩いて呼ぶと、現実逃避に執務を行っていたアゼルは書類を置き、よたよたと疲弊した表情でベッドに入ってきた。
気持ちはよくわかるとも。
俺は姑だが、お前はお母さんだもんな。
俺は恋人といる時の自分の崩れた表情を、絶対今は亡き親には見られたくない。
慰めるように優しく夜色の頭をなでて、ぎゅっと抱き合う。
アゼルが力なく手を振ると、部屋の明かりが全て消えた。
明かりの魔法を閉じ込めた照明の魔導具の操作は、意識を向けながら魔力の波を起こせばいい。
魔法は遠隔操作ができるから便利だ。
「大丈夫だ。俺が明日の朝説明の手紙を書くから、はしゃいで雑誌に載っていた不思議なイチャイチャを試していたということを、解ってもらおう。決して俺達が考えたわけではないと……!」
「かっこいい……! 俺の嫁がかっこいい……!」
「お前の沽券は俺が守る」
キリッと真剣な顔で頷く。
なにやら悶えているアゼルの抱きしめる腕の力が強くなった。
不安なのかもしれないな。
魔王の威厳が低下して残念魔王だと思われるのを阻止しているライゼンさんに、アゼルも俺もそこまでポンコツじゃないと言わなければ。
俺は多少ポンコツではあるが。
温かい腕の中で意気込んで、胸板に擦り寄る。
基本的に俺はアゼルに閉じ込められて夜を明かすので、ここはとっても落ち着くな。
四季の差が激しくない魔界だが夏場はどうしよう。
氷風機をフル稼働するしかない。
「しかし蝉ドンとは……考えた人はどうしてそうされようと思ったんだろうな。そしてこの世界にも蝉がいるんだな」
「夏になったらそこらにいるぞ。アレを考えたやつは、きっと前世が蝉の幼虫だぜ。〝土から出たら成虫にドンされたい〟的なことを考えていたんだよ、多分な」
「乙女な幼虫だな……それが今世は魔族か。種族の出世が凄いな。蝉っぽい魔族なのかもしれない」
「蝉の魔族いるぞ」
「いるのか!?」
俺が驚いて目を見開くと、蝉のような魔物がいてそれの魔族がいるとアゼルは言う。
思わず声を上げる驚きだ。蝉人。
穏やかな夜を楽しみながら色々と話すうちに、昼間の衝撃展開の恥ずかしさは頭の中から随分と薄れていった。
今日は修学旅行を思い出して恋話でもしようと思ったのに、蝉に話題を持っていかれるとは。
まぁ、恋話は明日しようか。
だって明日もこうやって二人で眠るのだから。
笑い合っているうちに瞼が落ちて、またまろやかな朝が来る。
明日もよろしく。
おはようからおやすみまで。
一皿目 完食
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