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四皿目 絵画王子
23(sideアゼル)
しおりを挟む「そうかよ」
悪感情で上の空だったからか思ったより冷たい声が出て、握られた手の力が強くなって苦しくなった。
傷つけたかもしれない。
違うのに。俺はお前に冷たくしたいわけじゃない。
本当はまた結界で閉じ込めたり、したくない。
だけどどうしようもなく抑えられない汚い感情が、挙動に滲んでしまう。
まるでうまく他人と接することが出来なかった、あの頃みたいだ。
どうして、なんで。
不毛な質問が、口の中で空回る。
「アゼル……」
思考回路を黒く染めていく俺の名を呼んだのは、酷く弱々しい声だった。
ハッとして、俺の態度が傷つけてしまったのかと思い、照れ臭いだとか思う余裕なくなるべく優しく抱きしめる。
けれど力を込め過ぎてしまう気がして、すぐに離れて威圧しないよう、気をつけて声を出した。
「眠いか? 戻ったら、いくらでも部屋でゆっくりしてろ」
「アゼル、キスしてくれないか」
その言葉に──ビクッ、と、繋いでいない手が震えた。
懇願するようなシャルの真っ直ぐな視線が、痛くて仕方がない。
突然こういう頼みを、シャルはたまにする。
抱きしめてほしい。頭をなでてほしい。そう思ったら素直に告げてくる。
本人が素直だからというのもあるが、俺が言われないとわからないと知ってるからだ。
コレもそれの一端だろう。
でも……キスは、今はしたくない。
脳裏に蘇るたびに殺意が湧く。
ボコボコと煮えたぎる独占欲と支配欲。
アイツの痕跡を消し去る為に、俺は怒りで乱暴に触れてしまうだろう。
シャルを傷つけないでいることに必死だ。
余裕なんかない。
あんなに綺麗な恋の気持ちが、嫉妬と不安が合わさると、どこまでもドス黒くこびりついて逃れられなくなるなんて。
自分のそんな気持ちを見ないようにして、黙り込み、また歩き出す。
「……悪ィ、気分じゃねぇ」
自分じゃないみたいに、か細く弱々しい声だった。
それ程お前の頼みを否定するのは、辛い。苦しい。
だけど、曇りのないお前への気持ちに、ほんの少しの異物が落ちた。
波紋の様に薄く薄く広がるシミ。
アイツを、好かれているからと庇い消されないよう絵画を隠すのに、俺を愛しているという。
アイツにキスした唇で、俺にキスを強請る。
矛盾してる。
心から追い出せと言ったのは、俺から離れるつもりだからか?
俺に嘘を吐いたのは、もう愛していないからか?
ギシ、ギシ、ドロ、ドロ。
痛い。考えたくない。泣きたい。殺したい。消し去りたい。離したくない。痛い、痛い、痛い。
強い言葉で憎んで怒って、慈悲の欠片もなく本気で消し去ろうとしたくなる。
叶わないなら、シャルを閉じ込めて縛って二人だけの世界を作ろうと思っている。
強気に、凶暴に、ごちゃごちゃと御託を並べているように見えるだろう。
馬鹿らしい。
他の誰の言葉もどうでもいいのに、お前の言葉は全部俺の奥に届いてしまう。
虚勢の中の、本当の言葉。
──とらないで。
──俺からコイツを、とらないで。
結局俺は、それだけを言い続けてるだけだ。
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