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四皿目 絵画王子
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しおりを挟むいつの間に目を覚ましていたのか、俺の体に腕を回して、アゼルは濡れた頬をそっと手のひらで拭ってくれた。
「あ……」
だが、俺の涙は止まらない。
それどころか、こみあげて来る不甲斐ない自虐的な気持ちと、罪悪感や、安堵、後悔、様々な気持ちが綯交ぜになる。
止められない衝動のまま、懸命に首に腕を回し──俺は涙ながらに、アゼルを抱きしめた。
「ぁ……い、言える……、今の俺は言える……アゼル……ごめんな、ごめん……ごめんなさい……」
「どうした? シャル、謝るな、シャル……」
「言葉が、心が、身体が、全部俺のいうことを聞かなかった……っ俺はお前だけ、なのにっ、あんな……あぁ……ッぅ、ゴホッ、ンッ…ゲホッ、ゲホ……ッ」
「っ、大丈夫だ、落ち着け……っ。ゆっくりでいいんだっ……お前は一週間も眠っていたんだから……っ」
「ゴホッゴホッ……い、しゅう……」
咳き込む俺の背中をトントンと宥めるように叩いて、混乱を察したアゼルは、落ち着くよう熱を与える。
一週間と聞いて、俺は乱れた呼吸を抑え付けながら、驚いた。
「そうだ。……やっと、答え合わせが、できる……」
アゼルは俺を離しがたく抱きしめ、存在を確認し、重大な罪を告白するように、静かに語り始める。
その表情は、窶れているのもあって……酷く、弱々しかった。
──俺が切り裂かれた、あの時。
アゼルの渾身の魔法で切り裂かれた元凶の絵画は、天使の作った意匠の産物と言えども、ただの絵画のようにバラバラに砕けてしまった。
制約から解かれた俺は、リシャールが絵画もろとも消えても死なずに済んだらしい。
しかし一度手元を離れコントロールを失ったアゼルの魔法は、直線上にいた俺だけを避けることはできず、一刻を争うほど大怪我を負ったのだ。
アゼルの説明は、俺の見た最後の光景とも一致する。
四肢が人形のように転がり、出血は多く、中身も溢れていた。
アゼルは前と同じと言った部屋の結界を、本当はアゼル以外全てを拒絶するように、高度に組上げ張ったそうだ。
魔王であるアゼルより魔力の多い存在などいない。
単体ならば誰も侵入することはできない、最強の守り。
だが、霊体のリシャールだけが通れた。
実態を持たずどの種族でもないただの聖法である彼は、物理的に影響を与えることはできないが、与えられることもない。
皮肉なことに、防ぎたかった呪いだけを、防げなかったのだ。
あれだけの魔力を垂れ流し、暴走させ、部屋を燃やして半壊させたのに誰も来なかったのは、そういう理由である。
部下たちは来てはいたが、部屋に入れなかったのだろう。
アゼルはすぐに意識を失った俺を、魔法で治そうとした。
だが俺の身体は、闇の魔法では完全には治せない程の大きな損傷を負っている。
それにバラバラの俺の身体を抱いて、精神的に不安定な状態のアゼルでは、魔力が暴走しすぎ、うまく纏わせることすらできていなかった。
魔力が大きすぎると、繊細な魔法にこそ精神を使う。
結界を維持できなくなり、異常を察知したライゼンさんたちが飛び込んでくるまで、アゼルは呆然と俺の血に塗れ、切断された腕や足を集め座り込んでいたそうだ。
茫然自失のアゼルは、徐々に溢れていた膨大な魔力がもう手を付けられないくらいに、周囲に渦巻いていて。
結果、魔王城の俺達の部屋があった一棟は、コントロールを失った魔力の力だけで全損だ。
アゼルはそのあたりの記憶をあまり覚えていなくて、ライゼンさんから聞いたのだと言った。
──俺は、シャルが死んでしまったと思ったんだ。
そう言ったアゼルの腕は、気の毒なほどガタガタと震えていた。
アゼルにとっての俺は、それほどなくてはならない存在で、だからこそ盾にされるとプライドもなにもかも捨てて、返してくれと懇願もする。
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