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四皿目 絵画王子
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しおりを挟む本当に昔の話。
アゼルが、あの家畜として監禁されていた部屋の外に出たいと言った俺のとんでもない願いを、叶えてやろうとやってきた夜のことだ。
あの頃からお前の俺への気持ちは、愚直で臆病な俺には眩しかった。
真っ直ぐすぎるんだ。
いつか俺の為に、死んでしまうんじゃないかというほど、お前は綺麗だ。
「もし、お前が死ねば俺を助けてやるなんて言われたら、お前は躊躇なく首を跳ねるかもしれないと、思った。そんなお前に愛されるには、俺は弱すぎる……」
──なのに、駄目なんだ。
どうしても譲れないんだ。
そう言って、俺は唇を真一文字に結ぶ。
吸い込まれそうな黒い瞳を見つめて、懺悔を纏まりなく吐き出した。
アゼルは拙い俺の長い話を、黙って聞いてくれていた。
両の手が、俺の湿った頬を包む。
そっと額をコツンと合わせられ、黒い瞳はまつ毛が触れそうな距離にあった。
アゼルは、痛ましそうにくしゃりと顔を歪ませて、笑うのに失敗したような下手くそな笑みを浮かべる。
「馬鹿だな、お前は……いつも人のことばかり想って、傷ついていく、だって……? お前が綺麗だと言うそれは全部──自分のことじゃねぇか」
それは優しい贔屓目の言葉だ。
俺は小さく首を横に振った。
俺のどこが綺麗なんだ?
足手まといの弱い存在のくせに、こんなに醜く執着して、無様に足掻いている。
しかし違うと言おうとした乾いた唇は、見つめ合ったままそっと塞がれた。
カサついた表面を舐められ、きゅっと閉じた唇を温めるよう、何度も触れ合わせられる。
されるがままの迷子のような俺を見つめて、アゼルは眩しそうに目を細めた。
「お前は胸中ですら、思考にも、自分を哀れみ守ることをしねぇんだ。自分のことなんか、いつも後回し。人のことばかり、俺のことばかり。俺が嫉妬深くて、心が狭い、クソガキだから、不安にならないようにすぐ言葉にしてくれる」
「違う、違う……そんなんじゃないんだ……俺の愛なんて薄っぺらい独りよがりで……なのに身勝手にお前に頼って憤ったり、お前の手にかけさせて死にかけたり……守ってもらってばかりで、いつか取り返しのつかないことになるかもしれないとわかっていても、離れられない。最低の利己主義な男だ……っ」
自分の格好悪いところだ。
相手の為を思って離れてやれない。愛してもらえる限り、絶対に離れてやれない。
そんな子供の愛し方なのに。
「ほら、お前はそうやって自分を責めるだろ。欠片も悪いことをしてねぇのに、当然のように、まず自分を省みるんだ」
優しく言い聞かせるアゼルは、瞳を閉じて、額をスリ、と擦り付ける。
それはまるで甘えているようにも思えたが、どうしてか、懺悔しているようにも思えた。
そうして語り始めるのは、彼の愛情の裏側だ。
「……俺は自分がどうなんて考えずに、奪おうとする者を排除しようとした」
──お前が言葉も体も奪われて、真実を告げられないと知らずにいたんだ。
ただ言ってもらえないことに、なぜ、どうして、酷い野郎だと、そう言って、罵倒した。
俺に糾弾されるお前の死にそうな顔を見れば、わかった筈なのに。
お前がずっと〝助けて〟の一言すら、自分の意思では伝えられないのだと。
俺を裏切る自分を傍観し続ける心を、どうしたってなにも言えないことを、愛していると言いながらなに一つわかってやれなかった。
「俺は……俺は一度、お前の言葉を疑ったんだ」
アゼルの罪は、それだと言う。
止まらない告白が、俺の中に染み渡る。
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