本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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四皿目 絵画王子

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「お前はさっき、この先もお前を人質に取られたら死んでしまうかもしれない俺を、それでも離してやれないと泣いただろ? 今まで知らなかった自分の独占欲が、醜く汚いと、苦しんだだろ?」

 俺はアゼルにされているのと同じように、神秘的なまでに濡れていく頬を、そっと両手で包み、温めた。

 泣かないでくれ。
 お前が涙すると、俺の心臓は急かし始めるのだ。

 どうかいつも暖かであってほしいと、願わずにはいられない。

 月明かりだけが俺達を照らす静かな部屋で、弱りきった身体を触れ合わせ、お互いの湧き上がる綺麗なだけじゃない愛を語る。

 愛情が過ぎると動けなくなる。
 どちらかの愛がわからなくなればすれ違い、疑心暗鬼になる。

 愛しているから、愛してほしいから。
 もう愛していないなんて、信じたくなくて抗うのだ。

 唇を震わせるたびに瞳を潤ませ、ついに泣き出したアゼルは、ヒク、と喉を鳴らした。

 薄皮一枚の仮面もない、ありのままくしゃくしゃに歪んだ表情は……やはり、美しいのだ。

「俺、な。……お……お前が、アイツを愛していると言った時、……お前を殺そうと、思った」
「…………」
「お前が泣いて、すぐに我に返った……でも、嘘じゃない。本気で、盗られるなら、縛り付けても死んでしまうなら、いっそこの手で殺してしまおうと、思ったんだ……」

 アゼルは泣きながら謝る。
 ガタガタと震える白い手。

 怯えられるからとアゼルが隠していた、愛情の裏返しの根底だ。

 深すぎる愛は黒く染まることを、懺悔のように告げられる。

 本当に、どうあっても、殺してでも、誰かに渡すことはできなかった、と。

 アゼルは俺が自分の思いを責め立てているから、そんなことはないと言う言葉だけで否定するのではなく、自分の隠していた心を明かしてくれた。

 余裕のない、綺麗なだけではない部分。

 そこを明かすのは誰だって怖い筈なのに、素直に胸の内を告げることがうまくできないアゼルが、自ら明かしてくれたのだ。

「俺のほうが……っく、ずっと前から、ふ、意地汚く愛してるんだよ……っ」

 零れた涙が、俺の手に染み渡る。

 目は逸らされなかった。
 自分を恥じながらも、じっと俺を見つめる瞳が、見据える。

 泣きながら、アゼルは下手くそな笑みを浮かべた。ちっとも笑えてない。

 だが、俺も同じ、くしゃくしゃと崩れた、下手くそな笑顔を見せた。

 些細なことで不安になるのは、それだけ終わりが耐え難いからだ。

 愛する人を殺しかけたのはお前で、俺は愛する人を殺させかけた。

 きっと、それはお互いに怖い愛なのだろう。──だけど。

「そ、な……俺が、こわくなったか……? 俺の気持ちは、汚くて、醜いか……?」
「馬鹿……全然だ。むしろ、構わないと思った。俺が弱くて……お前の枷になって誰かに殺されるなら……その時は、お前に殺されたい……」
「っ…そう、だろ……? だから……お前の離したくないって我儘は……俺は、すごく嬉しい」
「うん」
「……綺麗だ、お前は」
「うん」
「──……ッ、シャル……っ、好きだ……っ!」

 その言葉と共に、堰を切った衝動のまま、もう離さないと強く抱きしめられた。



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