本日のディナーは勇者さんです。

木樫

文字の大きさ
311 / 901
閑話 水底から見た夜明け

04

しおりを挟む


 主人公がたくさんの仲間に囲まれて笑っていた物語を思い出し、アゼルはほんの小さな声で呟いた。

 もう、アゼルは気がついている。
 自分が物語の主人公にはなれないことを。

 ──魔王は、悪役だから。

 自問自答。答えはとっくに知っていた。

 毎日毎日必死に仕事をこなして、誰かに頼らなくても済むよう、積み上げられる仕事を全部一人でやり続ける。

 全部、全部全部全部。
 一人でやってやればいい。

 アゼルの心なんてどうでもいいのだ。
 魔王は強いから。誰よりも強いから。

 不遜に君臨し、眉を動かさずなにもかもを受け止める。
 民が求める最強無敵の孤高の魔王であればいい。

 一人で全て耐えるから。
 だからいつか──〝もういいんだ〟と、言ってくれ。

 誰かが隣に居てくれるまで……強いつもり・・・で、頑張るから。

 主人公になれない。魔王にしかなれない自分を、誰か許してくれ。


 ふぅ、と息を吐く。
 仕事をする気力がない。

 冷えた机に頬を当てぼう、とするアゼルの視線の先には、紙に包まれた割れたカップの破片があった。

『申し訳ございません、魔王様。大事なティーカップを割ってしまい……処罰はいかようにも』
『……別に、どうでもいい。下がれ』

 数刻前、アゼルの目の前には、割れた破片を差し出して頭を下げていた、鬼の従魔がいた。

 本当はアゼルがいつも使っているそのカップが、わざと砕かれたことを知っている。
 アゼルが怒らないから、肝試しに使ったのだ。

 鬼という種族は比較的上位の魔族である。
 腑抜けた主ならばそれに仕える従魔なんて、真面目にやらないのは仕方がない。

 この頃のアゼルはまだ眷属を作っていなかったので、彼の身の回りの世話は従魔達がしていたのだ。

 それ故に、ため息が胸の中に溜まり、体が泥のように重くなる。

 今回砕かれたカップ。

 それは、多くは語らないがいつも微笑みを浮かべて自分を眺める、不死鳥の贈り物だった。

 人目を忍んで一人で過ごすティータイムは、心の安らぎだ。

 カップはアゼルの楽しみを察した宰相の、彩りを添えようという気遣いである。

 けれどプレゼントを贈る理由を理論的にしか学んでいないアゼルには、突然の贈り物の理由など、よくわからない。

「…………」

 だが、割れてしまったのは、悲しかった。

 アゼルは黙り込んだまま、視線で名残惜しく破片を慰める。

 書類仕事にももう慣れた。
 しかし上がってくる書類にミスが多く、アゼルが政治に明るくないと広まったのか、不明瞭な資金申請が後を絶たない。

 もはやなにかしらがある前提で疑って精査しているので、精神の摩耗が酷かった。

 嫌がらせのように魔王様がと押し付けられる仕事の量は、日ごと増えていく。

 それでもアゼルは一人で捌いていた。

 どんなに仕事が多くても文句を言わずに淡々と処理をするものだから、人に任せるシステムなんて作る思考もない。

 日々の疲労と増していく孤独。

 ライゼンの心配りが砕け散ったことで一際ボロボロの心は、少しつつけば崩れ落ちるだろう。


しおりを挟む
感想 216

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

その男、ストーカーにつき

ryon*
BL
スパダリ? いいえ、ただのストーカーです。 *** 完結しました。 エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。 そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。 ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

処理中です...