350 / 901
閑話 吸血タイプに好かれやすい男
01
しおりを挟む「ん?」
ある雨の日のことだ。
読書のために訪れた書庫で、俺は読んでいた本のページに栞が挟まっていることに気がついた。
白地に金文字のそれは、雪の結晶が描かれた繊細な栞である。
どこか気品すら感じる栞にしばし魅入るが、ややあって首を傾げた。
魔王城の書庫は、それなりの管理者の許可さえあれば誰でも立ち入り可能だ。
城から持ち出さなければ無期限貸し出しも可能で、栞を挟む──つまり読み切れなければ、普通は持ち帰るだろう。
それに栞は完全にページの中で埋まっていて、栞としての役割を半分放棄していた。
きっと貸し出しをした誰かが外し忘れて、そのまま返却したのだ。
予測を立てるのは簡単だった。
俺は願望混じりだがその優美な栞が主に忘れられている気がしなくて、召喚魔法で小さなザラ紙のメモ帳とペンを取り出す。
〝お心当たりの方へ。
山岳地方魔物図鑑にて。
雪結晶が溶けてしまうのは
もったいないと思う。〟
「よし」
冗談交じりの文章を書いた俺は、ペンとメモ帳をしまって、栞とメモを手に貸し出しカウンターに向かった。
雨の日の書庫は、薄暗く静まり返っている。
窓の外から聞こえる雨音が俺は好きだ。
特別音をたてないように仕立ててある書庫のカーペットが、俺の足音を殺す。
カウンターにたどり着くと、そこには目当ての司書はいなかった。
少し困ってキョロキョロとあたりを見回すが、めぼしい人どころか誰もいない。
雨の日は、みんなあまり部屋から出たくないのかもしれない。
仕方なく、俺は栞とメモをカウンター脇にある浅い木箱に立てかけた。
この木箱は落とし物入れだ。
持ち主以外が勝手に持ち出せる仕組みでも、城の書庫に入れるような高位魔族は、それに興味はない。
なのでこれで問題ないらしい。
とはいえ、本来は司書に託けてから入れるものだ。
しかしいないものは仕方がない。
メモもあるのできっと大丈夫だろう。
「迎えが来るといいな」
箱の中の栞に声をかけて、綺麗な栞との出会いになんとなく気分よく、俺は書庫を後にする。
山岳地方魔物図鑑を読みそこねたことに気がついたのは、その日の就寝時間だった。
(sideゼオ)
いつも通り休日の読書をしていた時のことだ。
休憩をしようと馴染み深い栞を探して、ゼオは初めてそれが手元にないことに気がついた。
ゼオはモノに執着しない。
普段なら放置する瑣末な問題である。
だがその日は読書以外予定がなかったことと、存外気に入っていた栞ではあったことで、心当たりを辿ることにしたのだ。
最後に使ったのは確か、昨日基地で片手間に読んでいた魔物図鑑だったはず。
無駄を嫌うゼオは一応その他の可能性も思い浮かべたが、どれもピンとこない。
やはりそこに間違いはなさそうだ。
そう考えて書庫にやってきたゼオは、ほんの少し内心で驚いた。
図鑑の棚に向かうはずだった足が止まり、入り口すぐのカウンターを見つめる。
それからゆっくりと木箱に近寄ると、目当ての栞は何事もなくあった。
意外な気分で栞を手に取ると、そばにメモがあることに気がつく。
安価なザラ紙のそれは、誰でもが使うなんの変哲もないものだ。
〝お心当たりの方へ。
山岳地方魔物図鑑にて。
雪結晶が溶けてしまうのは
もったいないと思う。〟
少し角ばった綺麗な字だった。
メモによるとやはり図鑑から見つかったようだが、シャレのつもりか妙な文言が添えられている。
埋もれて忘れられた栞の柄を本物の雪に例えて惜しんだのだろうが、たかだか忘れ物のメモにマメなやつだ。
無駄なことだとは思った。
だがなんとなく、ゼオは俺もそう思うと心で呟く。
この柄が気に入っていた。
自分の魔力は氷。氷魔法の使い手として、親近感が湧いたからだ。
「……甘い」
同士を得た柄をよく見ようと顔を近づけると、ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
砂糖菓子のような香りだ。
それと、僅かに自然の風の香り。
甘いものが苦手なゼオは少し顔をしかめたが、その中にどことなく別のいい香りを見つけた。
しかし、理性がトンと肩を叩く。
……これを握っていた筈の落とし主の残り香を懸命にかぐ自分の姿は、気色悪い。
(ふぅ……変態っぽいか)
ゼオは栞を持って、書庫を出た。
ほんの少し名残を惜しんで。
50
あなたにおすすめの小説
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
その男、ストーカーにつき
ryon*
BL
スパダリ?
いいえ、ただのストーカーです。
***
完結しました。
エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。
そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。
ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)
女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。
山法師
BL
南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。
彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。
そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。
「そーちゃん、キスさせて」
その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる