本日のディナーは勇者さんです。

木樫

文字の大きさ
374 / 901
七皿目 ストーキング・デート

15

しおりを挟む


 なかなかに栄えているのか、たくさんの魔族でごった返していた奇術館の会場。

 その人混みに流された俺は、キョロキョロしている間に、リューオと逸れてしまった。

 ちょっとしたコンサート会場ぐらい広さのある劇場なので、下手に追いかけても余計な時間を食うだけで、席に座れなくなってしまう。

 公演が終わってここから出れば、退場客の中できっと見つかるだろう。

 そう考えて、とりあえず空いていた席に座ったのが、運命的な出会いを運んだらしい。

 隣に座っていたいつぞやか拾った栞の持ち主だという男──ゼオと話が合い、一緒に奇術ショーを見ていた。

(流石に隣に居た男が城仕えの魔族だとは思わなかったな……)

 素敵な出会いは出会いだが、内心は気が気でなかったと息を吐く。

 どこかで俺とニアミスしているかもしれないし、アゼルの結婚相手と言うことで、名前ぐらいは知られていそうだ。

 偽名を使って詳細もぼかしたのだが、怪しまれているような空気を感じた。

 密かに焦っていたけれど、ゼオは深く掘り下げなかったので、なんとかなったぞ。

 魔王の伴侶、イコール人間。

 これはアゼルが最初にした、俺に手を出さないように認めさせる活動によって、周知されているからな。

 俺は胸の内でほっと息を吐き、華々しく開始を宣言した舞台上の司会に拍手を送った。



 初めて見た奇術ショーは、まさに圧巻の一言だった。

 映画館や遊園地がなくても、魔法を使った娯楽なんて、現代ではありえない。

 この世界でも、人間国ではそうは見れないようなもの。

 魔族の集まる魔界だからこその、不思議が織り成すエンターテイメントだ。

 たてがみが炎である炎獅子の水の輪くぐりは、天井から十の水の輪が吊り下げられていた。

 頭の上を走り回る獅子に、俺はハラハラドキドキと胸を躍らせる。

 動く雪だるまことジャックフロストによる氷像造りは、繊細な芸術品。

 瞬く間に粉雪の中に佇む美女の氷像が現れ、感嘆の息が漏れた。

 セイレーンとマーメイドの合唱は耳を奪われてしまい、しばらく夢心地から帰ってこられなかったくらいだ。

 言うまでもなく、魅了の状態異常である。

 海で出くわせば船乗りが面舵いっぱいに逃げ出すのも、無理はない。

 ドッペルゲンガーの一人演劇もよかったし、ドライアドは舞台上から天井までの花畑を作り出した。素晴らしい。

 魔法だなんて信じられないくらい濃厚な草木の香りが鼻腔をくすぐり、春風のそよぎを感じる。

 どれもこれも、攻撃としてはちっとも威力のないものだ。

 けれど姿かたちが様々な魔族の視線に同じものを追いかけさせるとは、上位魔族に負けず劣らずの強者だろう。

 魔界では総合的な強さを重視する。

 基本的には魔力量、種類、力、技術、知識や地位と、わかりやすいものだ。

 しかし料理が上手いやら、歌が上手いやら、度胸があるやら、目に見えないものも強さとして認めている。

 正しく〝強さが全て〟な世界に、俺の胸は熱を増すばかりだ。

 演者はすべからく自分の能力をよく理解し、うまく魅せている。

 いやはや、本当に余すところなく見ごたえのあるショーだった。

 顔にはさほど出てないかもしれないが興奮気味の俺は、パチパチと拍手喝采。

 次はなにが始まるのだろうか、と舞台を一心に見つめる。

 するとピクリともせず無表情のまま静かにショーを見ていたゼオが、不意に声を発した。

「次から、一般参加の演目ですよ。こっちは毎回出演者が変わるので、一発屋から玄人の魔法使いまで、ピンキリですね」
「そうなのか? それはそれで、楽しみだ。ここまでのショーだけでも、俺たちの席が舞台から遠いのが悔やまれるくらい、素晴らしい出来だったからな……」

 ふむ、と頷く。
 俺たちの席は正面だが、舞台からは少し遠かった。

 なので演者は豆粒サイズだ。
 なにをしているのかはわかるから、見る分には構わない。

「チケットの元が取れる完成度なので……ここからは、まぁ、街中の大道芸人をタダ見するようなものですよ」

 素っ気なく返答するゼオは、プロの奇術師の技を見ていた時より、どことなく浮ついているような気がした。

(表情が変わらないので読みにくいが……たぶん、予測できない刺激があるほうが、好みなんだろう)

 たまに来てもそこまで代わり映えのしないらしい、奇術師たち。

 それより、どんな演技が始まるのかがわからない一般参加のほうが、楽しみなのかもしれないな。

 俺は薄暗い会場の中で口元をゆるめ、ゼオから視線を外し、前を向く。

「そうだな。想像もしない楽しい出来事が起こると、少し多めにドキドキする。ゼオとの出会いも、そうだからな」
「……。……」

 ──ゼオがなぜか「無自覚タラシだと言われていますよね」と、俺の呼び名を断定したのは、御遠慮したい予想外の出来事であった。



しおりを挟む
感想 216

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの
BL
かつて勇者の一行として魔王討伐を果たした魔術師のエーティアは、その時の後遺症で魔力欠乏症に陥っていた。 そこへ世話人兼護衛役として派遣されてきたのは、国の第三王子であり騎士でもあるフレンという男だった。 男の説明では性交による魔力供給が必要なのだという。 それを聞いたエーティアは怒り、最後の魔力を使って攻撃するがすでに魔力のほとんどを消失していたためフレンにダメージを与えることはできなかった。 悔しさと息苦しさから涙して「こんなみじめな姿で生きていたくない」と思うエーティアだったが、「あなたを助けたい」とフレンによってやさしく抱き寄せられる。 献身的に尽くす元騎士と、能力の高さ故にチヤホヤされて生きてきたため無自覚でやや高慢気味の魔術師の話。 愛するあまりいつも抱っこしていたい攻め&体がしんどくて楽だから抱っこされて運ばれたい受け。 一人称。 完結しました!

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

処理中です...