本日のディナーは勇者さんです。

木樫

文字の大きさ
463 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論

15

しおりを挟む


 ◇


 夜も更けて、いざ眠ろうとなる。

 けれどベッドがとても広いとはいえ一つ切りなことに、アゼルは黙りこくってしばらく躊躇していた。

 触れ合うことすら嫌がっていたのに、同衾はハードすぎるのだろう。
 よし、ここは俺が一肌脱ぐか。

「さぁ魔王様、こちら最高級ふかふかベッド。朝までぐっすり間違いなし。食事にお風呂に堪能したら、これがなくては癒やしライフが締められない!」
「……ソファーでイイ」
「まぁまぁ。なんとこちらの人間型抱き枕、ご不用の際はベッドの端っこに安置可能。寝相もよろしく落ちたりしません! つまりほぼ一人寝なのです」
「…………」
「今なら子守唄付きで安眠保証、今日一日の事も取り敢えず夢の中に置いてすやすやっと眠っていきませんか? こちらなんと大特価魔王様だけに無期限フリーで御座います」

 ベッドの際に横になってシーツをポンポンと叩きセールストークを走らせると、アゼルはややあって「……子守唄はいらねぇ」と言ってそっと中に潜り込んだ。

 それに対してにこーっと笑って見せる。
 アゼルはプイッとそっぽを向いて、俺に背を向けてしまった。残念、人間型抱き枕は不要か。

 今日はあまり月が明るくない夜だ。

 俺はアゼルの後頭部を見つめながら、上掛けを鼻先まで深くかぶる。

 こんなに距離があるのは初めてだが、これもおいおい縮めていけばいい。

 大丈夫。
 まだたった半日しか経っていないしな。

 アゼルに怪我がなくて本当によかった。

 記憶を奪って天族がなにをしたいのかわからないが、傷をおうよりずっとイイ。

 奪われた記憶は消えてしまったのか。
 聖導具に残っているのか。それとも別のところにあるのか。

 わからないことはたくさんあるが、お前が生きていることは確かだ。

 俺は声を潜めて、弾んだ調子で愛しい彼に語りかける。

「俺は朝から仕事があるから、お昼まで一人にしてしまうんだ。寂しいかもしれないが、のんびりと気を休めてほしい。今日は話をしていたから、一人にしてやれなかったが……」
「誰が、寂しいかよ。元々一人だ。静かになって清々する」
「む、つれないな。俺はお菓子屋さんだから、そんなことを言われるとお前の好きなものを作ってくるぞ? いいのか?」
「あぁ……? なんだよ、その脅し。勝手にしろ。食わねぇぞ」
「大丈夫。日持ちするからライゼンさんとでも食べてくれ」
「食わねぇっつってんだろクソが」

 ウキウキと話しかける俺に興味がないくせになんだかんだと返事をしてくれるアゼル。

 俺は笑みが深まって仕方がない。
 優しいアゼル。変わらないアゼル。


 なぁアゼル、アゼル。
 俺は本当に、生活なんてどうでもよかったんだぞ。

 媚を売るなんて、そんなつもりはわずかもなかった。

 妃だから、今のお前に声をかけているわけでもないんだ。

 こんなに愛しているのだから同じだけ愛せと言う意味も、早く思い出せと責めているわけも、なんにもなかったんだよ。

 ただな、お前が忘れてしまっても、俺はお前を愛したままなだけなんだ。

 わかっているんだ。
 お前の迷惑になっていると。

 わかっているんだ。
 強引で押し付けがましいと。

 だけどやっぱり、めっきり、俺はお前を愛したまま。俺はお前を諦められない。

 だから頑張るぞ。
 うんと頑張る。

 約束しただろう。
 俺は朽ちてしまうその時まで、俺の全てでお前を愛し続けると。

 記憶をなぞった時。

 お前が愛されていたと感じられるように。
 寂しくて一人泣いてしまわないように。
 幸福と笑顔に満ちた世界で生きていけるように。

 そうすると。

 記憶がないなら、また愛に溢れた記憶をたくさん覚えてほしいんだ。

 きっとお前は知らないから。

「美味しいと好評なんだぞ? とびきりの愛情をたっぷり入れておくからな」
「黙って寝ろ、お花畑野郎」


 俺は──とても静かに、泣けることを。


 笑顔のままで、シーツが濡れていく。

 あぁ、お前が背を向けていてよかったと、あぁ、いつもよりずっと遠くてよかったと。

 よかった理由を作っては、自分の心をへし折って、微かな喉の振動もすり潰す。

 そんな、笑える夜だった。



しおりを挟む
感想 216

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

その男、ストーカーにつき

ryon*
BL
スパダリ? いいえ、ただのストーカーです。 *** 完結しました。 エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。 そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。 ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの
BL
かつて勇者の一行として魔王討伐を果たした魔術師のエーティアは、その時の後遺症で魔力欠乏症に陥っていた。 そこへ世話人兼護衛役として派遣されてきたのは、国の第三王子であり騎士でもあるフレンという男だった。 男の説明では性交による魔力供給が必要なのだという。 それを聞いたエーティアは怒り、最後の魔力を使って攻撃するがすでに魔力のほとんどを消失していたためフレンにダメージを与えることはできなかった。 悔しさと息苦しさから涙して「こんなみじめな姿で生きていたくない」と思うエーティアだったが、「あなたを助けたい」とフレンによってやさしく抱き寄せられる。 献身的に尽くす元騎士と、能力の高さ故にチヤホヤされて生きてきたため無自覚でやや高慢気味の魔術師の話。 愛するあまりいつも抱っこしていたい攻め&体がしんどくて楽だから抱っこされて運ばれたい受け。 一人称。 完結しました!

処理中です...