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九皿目 エゴイズム幸福論
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夜も更けて、いざ眠ろうとなる。
けれどベッドがとても広いとはいえ一つ切りなことに、アゼルは黙りこくってしばらく躊躇していた。
触れ合うことすら嫌がっていたのに、同衾はハードすぎるのだろう。
よし、ここは俺が一肌脱ぐか。
「さぁ魔王様、こちら最高級ふかふかベッド。朝までぐっすり間違いなし。食事にお風呂に堪能したら、これがなくては癒やしライフが締められない!」
「……ソファーでイイ」
「まぁまぁ。なんとこちらの人間型抱き枕、ご不用の際はベッドの端っこに安置可能。寝相もよろしく落ちたりしません! つまりほぼ一人寝なのです」
「…………」
「今なら子守唄付きで安眠保証、今日一日の事も取り敢えず夢の中に置いてすやすやっと眠っていきませんか? こちらなんと大特価魔王様だけに無期限フリーで御座います」
ベッドの際に横になってシーツをポンポンと叩きセールストークを走らせると、アゼルはややあって「……子守唄はいらねぇ」と言ってそっと中に潜り込んだ。
それに対してにこーっと笑って見せる。
アゼルはプイッとそっぽを向いて、俺に背を向けてしまった。残念、人間型抱き枕は不要か。
今日はあまり月が明るくない夜だ。
俺はアゼルの後頭部を見つめながら、上掛けを鼻先まで深くかぶる。
こんなに距離があるのは初めてだが、これもおいおい縮めていけばいい。
大丈夫。
まだたった半日しか経っていないしな。
アゼルに怪我がなくて本当によかった。
記憶を奪って天族がなにをしたいのかわからないが、傷をおうよりずっとイイ。
奪われた記憶は消えてしまったのか。
聖導具に残っているのか。それとも別のところにあるのか。
わからないことはたくさんあるが、お前が生きていることは確かだ。
俺は声を潜めて、弾んだ調子で愛しい彼に語りかける。
「俺は朝から仕事があるから、お昼まで一人にしてしまうんだ。寂しいかもしれないが、のんびりと気を休めてほしい。今日は話をしていたから、一人にしてやれなかったが……」
「誰が、寂しいかよ。元々一人だ。静かになって清々する」
「む、つれないな。俺はお菓子屋さんだから、そんなことを言われるとお前の好きなものを作ってくるぞ? いいのか?」
「あぁ……? なんだよ、その脅し。勝手にしろ。食わねぇぞ」
「大丈夫。日持ちするからライゼンさんとでも食べてくれ」
「食わねぇっつってんだろクソが」
ウキウキと話しかける俺に興味がないくせになんだかんだと返事をしてくれるアゼル。
俺は笑みが深まって仕方がない。
優しいアゼル。変わらないアゼル。
なぁアゼル、アゼル。
俺は本当に、生活なんてどうでもよかったんだぞ。
媚を売るなんて、そんなつもりはわずかもなかった。
妃だから、今のお前に声をかけているわけでもないんだ。
こんなに愛しているのだから同じだけ愛せと言う意味も、早く思い出せと責めているわけも、なんにもなかったんだよ。
ただな、お前が忘れてしまっても、俺はお前を愛したままなだけなんだ。
わかっているんだ。
お前の迷惑になっていると。
わかっているんだ。
強引で押し付けがましいと。
だけどやっぱり、めっきり、俺はお前を愛したまま。俺はお前を諦められない。
だから頑張るぞ。
うんと頑張る。
約束しただろう。
俺は朽ちてしまうその時まで、俺の全てでお前を愛し続けると。
記憶をなぞった時。
お前が愛されていたと感じられるように。
寂しくて一人泣いてしまわないように。
幸福と笑顔に満ちた世界で生きていけるように。
そうすると。
記憶がないなら、また愛に溢れた記憶をたくさん覚えてほしいんだ。
きっとお前は知らないから。
「美味しいと好評なんだぞ? とびきりの愛情をたっぷり入れておくからな」
「黙って寝ろ、お花畑野郎」
俺は──とても静かに、泣けることを。
笑顔のままで、シーツが濡れていく。
あぁ、お前が背を向けていてよかったと、あぁ、いつもよりずっと遠くてよかったと。
よかった理由を作っては、自分の心をへし折って、微かな喉の振動もすり潰す。
そんな、笑える夜だった。
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