本日のディナーは勇者さんです。

木樫

文字の大きさ
486 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論

38

しおりを挟む


 とっておきの幸せな記憶を教えるぞ。

 聞いてくれ、二人で結婚式をしたんだ。
 そんなにちゃんとしたものじゃないが、誓いの言葉と誓いのキスを、貰った。

 それも理由は俺が約束を欲しがったからで、アゼルは最上の約束を返してくれたんだ。

 そう。アゼルは俺を愛する天才だから、そんなことを簡単にやって応えてくれる。

 生涯俺だけを愛してくれ。
 なんて、とんでもないワガママだろう?

 なのにアゼルは、笑って当然だと誓ったんだ。それがどれだけ嬉しかったか。

 アゼルは本当にどんな俺も受け入れてくれる。

 弱い俺も、泣き虫な俺も、鈍い俺も、情けない俺も、寂しがり屋な俺も、独り占めしたい俺も、俺をまるごと愛してくれる。

 ずっとずっと、俺が好きだと、抱きしめてくれたんだ。

 ガド。俺はあの時に、本当に幸せすぎて、もう死んでもいいと思ったんだよ。

「──……それほどに、嬉しかった。……うん、嬉しかったな」
「うん」
「嬉しかったから……、もしもこのまま記憶が戻らなければ、あの誓いはなしにしようと思うんだ……」

 俺の声は本当に小さかったが、それでも確かに蹲って考えられなかったこの先のことを考え、答える。

 自分だけしかもう持っていなかった記憶をこうやって改めると、あの時にもらった幸福だけで、十分なんじゃないかと思う。

 本当はいやだ。
 凄く凄くいやだ。

 もっと足掻いて縋りついて一緒にいようと、なんでもするから嫌いにならないでくれと、お願いだから俺をもう一度選んでくれと叫びたい。

 だけど、いやだからこそだ。
 ほら、俺の気持ちは重いだろう? ヘビー級だ。

 ヘビー級アゼル愛者の俺は、今日みたいに今のアゼルを困らせる。

 応えなければいけない、なんて思ったり。
 好きでもない嫌いな俺がわからなくて、そんな気もないことをしてみたり。

 俺を知らないアゼルは、俺の行動が理解できない。

 記憶を失った不安や、うまく自分を出せない葛藤をせっかく解消しつつあるのに、俺が新しい悲しみになってはいけないんだ。

「寂しい、寂しいけれどな……俺はあの時本当に、あんなワガママを受け止めて誓ってくれただけでよかったんだ。その後どうなろうとも、あの時すぐに頷いてくれただけで、きっと俺は世界一の幸せ者だったんだ」

 声にして吐き出すうちに、きちんと喪失を咀嚼して、整理ができているように感じた。

 だからもう、ワガママはやめようと思う。

 俺の愛情は、お前の幸せより俺の喪失なんだという、押しつけがましい愛情。

 だって俺が仮面をかぶったのは、本当の自分を見せたくないからだと言っただろう。


「好きな人には、やっぱり強くて優しいんだと、格好つけたいじゃないか」


 自分を捻り潰してでも相手の幸せを願う。

 それが格好いい愛だって、どんな物語でもそう書いてあるだろう?

 俺が格好悪く愛していられたのは、俺の愛でも足りないくらいめいいっぱい俺を愛してくれている人がいたからだ。

 だから強がりじゃなくて、本当にもう記憶が返ってこないのならば、俺はちゃんと諦めの悪いエゴイストを卒業しようと思うんだ。



しおりを挟む
感想 216

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

その男、ストーカーにつき

ryon*
BL
スパダリ? いいえ、ただのストーカーです。 *** 完結しました。 エブリスタ投稿版には、西園寺視点、ハラちゃん時点の短編も置いています。 そのうち話タイトル、つけ直したいと思います。 ご不便をお掛けして、すみません( ;∀;)

塔の魔術師と騎士の献身

倉くらの
BL
かつて勇者の一行として魔王討伐を果たした魔術師のエーティアは、その時の後遺症で魔力欠乏症に陥っていた。 そこへ世話人兼護衛役として派遣されてきたのは、国の第三王子であり騎士でもあるフレンという男だった。 男の説明では性交による魔力供給が必要なのだという。 それを聞いたエーティアは怒り、最後の魔力を使って攻撃するがすでに魔力のほとんどを消失していたためフレンにダメージを与えることはできなかった。 悔しさと息苦しさから涙して「こんなみじめな姿で生きていたくない」と思うエーティアだったが、「あなたを助けたい」とフレンによってやさしく抱き寄せられる。 献身的に尽くす元騎士と、能力の高さ故にチヤホヤされて生きてきたため無自覚でやや高慢気味の魔術師の話。 愛するあまりいつも抱っこしていたい攻め&体がしんどくて楽だから抱っこされて運ばれたい受け。 一人称。 完結しました!

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

処理中です...