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九皿目 エゴイズム幸福論
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しおりを挟むとっておきの幸せな記憶を教えるぞ。
聞いてくれ、二人で結婚式をしたんだ。
そんなにちゃんとしたものじゃないが、誓いの言葉と誓いのキスを、貰った。
それも理由は俺が約束を欲しがったからで、アゼルは最上の約束を返してくれたんだ。
そう。アゼルは俺を愛する天才だから、そんなことを簡単にやって応えてくれる。
生涯俺だけを愛してくれ。
なんて、とんでもないワガママだろう?
なのにアゼルは、笑って当然だと誓ったんだ。それがどれだけ嬉しかったか。
アゼルは本当にどんな俺も受け入れてくれる。
弱い俺も、泣き虫な俺も、鈍い俺も、情けない俺も、寂しがり屋な俺も、独り占めしたい俺も、俺をまるごと愛してくれる。
ずっとずっと、俺が好きだと、抱きしめてくれたんだ。
ガド。俺はあの時に、本当に幸せすぎて、もう死んでもいいと思ったんだよ。
「──……それほどに、嬉しかった。……うん、嬉しかったな」
「うん」
「嬉しかったから……、もしもこのまま記憶が戻らなければ、あの誓いはなしにしようと思うんだ……」
俺の声は本当に小さかったが、それでも確かに蹲って考えられなかったこの先のことを考え、答える。
自分だけしかもう持っていなかった記憶をこうやって改めると、あの時にもらった幸福だけで、十分なんじゃないかと思う。
本当はいやだ。
凄く凄くいやだ。
もっと足掻いて縋りついて一緒にいようと、なんでもするから嫌いにならないでくれと、お願いだから俺をもう一度選んでくれと叫びたい。
だけど、いやだからこそだ。
ほら、俺の気持ちは重いだろう? ヘビー級だ。
ヘビー級アゼル愛者の俺は、今日みたいに今のアゼルを困らせる。
応えなければいけない、なんて思ったり。
好きでもない嫌いな俺がわからなくて、そんな気もないことをしてみたり。
俺を知らないアゼルは、俺の行動が理解できない。
記憶を失った不安や、うまく自分を出せない葛藤をせっかく解消しつつあるのに、俺が新しい悲しみになってはいけないんだ。
「寂しい、寂しいけれどな……俺はあの時本当に、あんなワガママを受け止めて誓ってくれただけでよかったんだ。その後どうなろうとも、あの時すぐに頷いてくれただけで、きっと俺は世界一の幸せ者だったんだ」
声にして吐き出すうちに、きちんと喪失を咀嚼して、整理ができているように感じた。
だからもう、ワガママはやめようと思う。
俺の愛情は、お前の幸せより俺の喪失なんだという、押しつけがましい愛情。
だって俺が仮面をかぶったのは、本当の自分を見せたくないからだと言っただろう。
「好きな人には、やっぱり強くて優しいんだと、格好つけたいじゃないか」
自分を捻り潰してでも相手の幸せを願う。
それが格好いい愛だって、どんな物語でもそう書いてあるだろう?
俺が格好悪く愛していられたのは、俺の愛でも足りないくらいめいいっぱい俺を愛してくれている人がいたからだ。
だから強がりじゃなくて、本当にもう記憶が返ってこないのならば、俺はちゃんと諦めの悪いエゴイストを卒業しようと思うんだ。
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