本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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後話 無間地獄

02(sideメンリヴァー)

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 そんなメンリヴァーの恐怖とは対照的に、語りかけるライゼンの声は落ち着いている。

「生きたまま焼かれるというのは、とても苦しかったでしょう? 呼吸のたびに喉を焼かれ、意識を失えず、一瞬が永遠に感じる。だから私は、あまり炎魔法を使わない。治癒魔法のほうが、ずっと性にあっています」

 ──でもね。

 ビクッと肩が跳ねる。
 メンリヴァーには、ライゼンが語る様を、ただ聞くことしか許されない。

「私の主に、その大切な伴侶に、手を出した者にはその使用を厭わない。……焼かれたあなたは、本性が透けて見えましたよ。とても、醜い」
「ぁ……ぁぁ……っ」
「あなたの頬をなでるコレ、なんでしょうか。わかりますか?」

 声を出すのも困難なメンリヴァーに、穏やかな宰相は「正体とこの使用方法を当てれば、私はなにもしないと約束しましょう」と持ちかけた。

 すぐさま萎縮した脳をフル回転させ、答えを考える。

 ──考えろ、考えろ……! でなければまた焼かれる……ッ! 嫌だ、あんなのはもう嫌だ!

 そうして脳細胞が掠れそうなくらい考え抜くと、すぐに最悪の想像は現れた。

 冷や汗が流れる。呼吸もままならない恐怖だ。
 しかし恐る恐る、口を開く。

「……や……やすり……?」
「はい。使用方法は?」
「ッ……や、やめ、やめろっ……! 僕は、僕は天界の王子だぞ……ッ!? そんな無礼な仕打ちをして、貴様生きていられるとッ」
「使用方法はそれですか?」
「! ひっ、ぃ、あっ、ちがッ、ぼっ……ぼ、僕……僕の手足を、……け……削る……っ!」
「ふふふふふ」

 答えの想像を現実にされるのが嫌で発した言葉すら無視され、喘ぐように答えた。

 日暮れのさざ波のような穏やかで優しい笑い声とともに、メンリヴァーの頭をそっとなでる手の感触。

「ふ……っ」

 その手の優しさに、ほっと胸をなで下ろす。
 どうやら……正解したようだ。

 これで自由になれる。ようやく天界に帰れる。
 もうあの地獄を味わわずに済むのだ。

 天族でもないこの男が高度な治癒能力を持つがために、致命傷を与えた結果殺してしまうことを厭わない。

 何度も焼かれ何度も治療され、淡々と静かに、能面のような表情で天使を焼く魔族。まさしく、悪の名に相応しい所業。

 安堵するメンリヴァーの頭をなでていた手が、ゆっくりと離れた。

「不正解です」
「!? うぐぅッ!」
「正解は〝あなたの歯を削って直接神経をすりおろす〟でした」
「ううううっ、うっ」

 ──そ、そんな……っ!

 せっかく助かると希望を感じた途端に、容赦なく告げられる絶望。
 鉄製だろう固く冷たいヤスリが、メンリヴァーの口内へ乱暴に突きこまれる。

 ──どうして、どうしてこうなったんだ。なぜこの僕が、まるで虫のように弄ばれている?

 あぁ、あぁ助けてくれ。誰か、誰でもいい。魔界に乗り込んで僕を助け出す者は、いないのか?

 ほら、可哀想だと思わないのか?
 こんなに美しい僕が、愛されずに傷つけられているのだぞ?

 あんな人間、どうだっていいじゃないか。
 ナイルゴウンの心なんて、どうだっていいじゃないか。

 長い間憎らしいほどの片想いをしていたのに、こんな結末を迎えた僕のほうが、よっぽど可哀想だろう。

 求めたものに拒絶されるなんて、不幸そのもの。
 不幸な僕が一番愛されるべき、守られるべき、尊ぶべきだ。

 早く僕を助けに来い。
 いや、もうなんでも、誰でもいいから、早く。

 愛されるべきは僕だったはずだ。
 ──それ以外は有り得ないのに……ッ!

 ポロポロと痛々しく泣き出したメンリヴァーに、この無間地獄の支配者は、殊更優しく語りかける。

「泣かないで。私がこうするのがあなたにとって最も効果的だろうと、主はわかっていた。だから、ね? 私がコレを、することになったのです。それに……私の主は、私の特技を理解している。その期待に、報いなければ」
「う、うう……っ、ふう……っ」
「可哀想ですね、綺麗な顔が台無しですよ。せっかく治療してあげたのに。まあ……目は抉り取ったのですがね」

 魅了、もうかけられませんね。
 それがないと、あなたはもうただの小鳥。

 メンリヴァーは、この男は狂っていると、涙を流しながら感じた。

 どうしてそんなに楽しそうに、もう永遠に光は訪れないと告げられるのか。
 自分は次期天王。こんなことをしていいわけがない。

 今に天界中から天使が集まってきて、こんな狂った男は殺される。
 ──綺麗な顔を台無しにされるは、貴様のほうだ……!

 どれほど胸の中で吠えようとも、それを言葉にすることは許されない。

 自分を愛することしかできない天使は、たった一言、発するべき言葉を思い浮かべることすらできなかった。

〝ごめんなさい〟

 それだけなのに。




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