僕《わたし》は誰でしょう

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第一章

原因

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 ぼくが性別を男だと自認するようになった原因。それが事故による記憶障害の他にあるのではないかと、彼女は言う。
 いつになく真面目な顔をする沙耶に、ぼくはごくりと喉を鳴らして聞いた。

「他の原因って、例えば?」

「例えば、そう。……宇宙人に意識を乗っ取られているとか」

 しん、と水を打ったようにその場は静まり返った。

 宇宙人。
 彼女の口から飛び出した突拍子もないワードに、ぼくはどう反応したものかと考える。
 しかし隣のピュアボーイは、

「なっ、なんだってぇ——!?」

 それまで座っていた丸椅子を蹴り飛ばす勢いで、桃ちゃんは立ち上がって叫んだ。

「た、大変だそりゃ。すず……いや、おい宇宙人! 今すぐすずの体から離れろ!!」

「うん。桃ちゃん、とりあえず落ち着いて」

 さすがに宇宙人に意識を乗っ取られるという仮説は、ちょっと現実離れしていると思う。

「あるいは、あれかな。幽霊に取り憑かれているとか」

「ゆっ、幽霊だとぉ!?」

 あわあわと狼狽える桃ちゃんを尻目に、ぼくは呆れた顔を沙耶に向けた。

「宇宙人とか幽霊とか、さすがに空想的すぎじゃないかな。まだ多重人格とかの方が現実味があるんじゃないか? 比良坂すずは実は解離性同一性障害で、それまで眠っていた人格が、事故をきっかけにして表に現れたとか」

 人格が入れ替わるという現象は精神疾患の一つであり、幽霊などの存在と比べるとまだ現実味がある。事故のショックが引き金となって発症した可能性は否定できないのではないか。

「多重人格ねー。でもなぁ……。これはあたしの勘だけど、今のあんたって、すずとは全くの別人に思えるんだよね。すずの性格から分離して生まれたっていうよりは、全くの他人って感じがするっていうか」

 全くの別人。確か数日前にも、彼女はそんなことを言っていた。
 似ても似つかない赤の他人。記憶の欠如だけではない何かが、彼女の勘に訴えかけている。

「あっ。オレわかったぞ!」

 と、今度は桃ちゃんが言う。
 あまり期待はしない方がいいかな……と思いつつ彼の方へ目を向けると、

「あれだよ。記憶転移ってやつだ。誰かの心臓を、別の誰かに移植したら記憶が移るってやつ」

「心臓を、移植? 何それ」

 沙耶が聞いて、桃ちゃんはどこか得意げな様子で答える。

「昔の映画で見たんだよ。ほら、臓器提供ってあるだろ? 事故とか病気とかで脳死状態になった人が、自分の臓器を別の人に提供するってやつ。あれでさ、心臓を移植された人が、元の心臓の持ち主の記憶を引き継ぐって話があったんだよ」

「あー。なんか、あたしもそんな話をどこかで聞いた気がする。何かのドキュメンタリーかな」

 臓器移植によって、記憶が移る。ぼくもなんとなくそんな話を聞いたことがある気がする。

「でもさあ。すずは心臓移植なんてしたことないでしょ」

 沙耶が言って、桃ちゃんは「あ、そっか」と呟く。
 沙耶の話によれば、比良坂すずはもともと健康優良児で、病気とは無縁の生活を送っていたという。

「今回みたいに入院したのだって、昔三人で遊んでたときに目を怪我したときぐらいじゃない?」

「あー。あれは痛そうだったなぁ。すずが失明したらどうしようかと思った……」

 当時のことを思い出したのか、途端に涙ぐむ桃ちゃん。
 そんな二人の思い出話を聞いていても、ぼくにはまるで他人事のようにしか思えなかった。



 結局何もわからないまま、その日はお開きとなった。
 帰路に就く二人の背中を見送り、ぼくは病室の窓から夕陽を眺める。

 日が暮れていく。
 明日の朝になれば、ぼくはここを退院することになる。

(やっぱりもう、井澤先生には会えないのかな)

 はぁ、と小さく溜め息を吐く。
 そうして諦めてカーテンを閉めようとしたその時、ふと窓の外に見える人物に気がついた。

 階下に、男性の姿があった。
 年齢は二十代の半ばほど。どこか見覚えのあるその顔は、遠い地上からこちらを見上げている。

(まさか)
 
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