僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
14 / 62
第一章

疑念

しおりを挟む
 
「すず? どしたー? なんか浮かない顔してんね」

 思わぬ近さから声が聞こえて、ハッと我に返る。
 見ると、ぱっちりとした沙耶の猫目が、至近距離からこちらの顔を覗き込んでいた。

 女の子の顔が、すぐ目の前にある。彼女のポニーテールにした髪がさらりと揺れて、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「あ、いや。ぼく、そんな顔してた?」

 ほのかに顔面が熱くなったような気がして、思わず彼女から目を逸らす。

 びっくりした。
 身体的には女の子同士とはいえ、彼女は普段から距離が近すぎる。

「そんな顔、してたよー。なんか暗ーい感じだった。何か悩んでるならいつでも相談に乗るよ? あたしたち親友だし」

 親友。
 そうなのだ。彼らにとって、比良坂すずは大事な存在。だからこそ、ぼくは彼らとこれ以上親密になるのが怖く感じてしまう。

ぼくは大丈夫。だから心配しないで。ちょっとボーっとしてただけだから」

「むー。そうやって一人で抱え込むの、良くないよ。あたしたちもさ、すずにはいっぱい頼って欲しいんだよ。じゃないと寂しいし」

 沙耶は引かない。それほどこちらが思い詰めた顔をしていたのだろうか。

「ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」

 早くこの空間から離れたくて、ぼくは部屋を後にした。廊下に出て少しだけ迷いながら、やがてトイレにたどり着く。

 中へ入ると、綺麗に掃除された壁には小ぶりな鏡が飾られていた。そこに映った自分の愛らしい顔を見て、小さく溜め息を吐く。
 なぜ、自分は女なのだろう。

(井澤先生について行けば、何かがわかるのかな)

 彼は明日の朝六時に、病院の前で待っていると言った。

 顔に見覚えはあるものの、素性は一切わからない謎の男性。しかも、最初は嘘を吐いてこちらに近づいてきた人物だ。そんな怪しい男に果たしてついて行っていいものかどうか、考えると不安になってくる。

(いや、そもそも)

 思えば今の自分は、いつ誰に嘘を吐かれても、それが嘘が真かを見抜くことはできないのではないだろうか。

 ——比良坂すずさん、ですよ。思い出せませんか?

 最初に病院のベッドで目覚めた時、そばにいた看護師の女性はこちらのことを比良坂すずだと言った。
 その時点で、もし彼女が嘘を吐いていたとしたら?

 ——目が覚めて本当によかったわ。この三日間ずっと眠りっぱなしだったのよ。

 ——本当に何も覚えてないのか? 学校から帰宅する途中で、歩道に車が突っ込んできたんだよ。

 すぐに駆けつけた両親は、ぼくが三日前に事故に遭ったのだと言っていた。それは本当に事実だったのか?

 ——あたしは岩清水沙耶。桃ちゃんと三人で、小学校の頃からずっと一緒。

 子どもの頃からずっと一緒だったという沙耶と桃ちゃん。もしかしたら両親以上に長い時間を共に過ごしているかもしれない二人の顔を見ても、ぼくにはピンと来なかった。

 井澤先生の顔は、一目で見覚えがあると確信したのに。

 彼だけは「嘘を吐いた」と自ら明言していたが、むしろ、もっと大きな嘘を吐いている人間は、他にいるのではないか?
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

処理中です...