僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!

文字の大きさ
21 / 62
第二章

ぶらり散策

しおりを挟む
 
          ◯


 公園の駐車場に車を置いたまま、ぼくらは町の中を散策してみることにした。
 町は端から端まで一キロぐらいしかないので、徒歩でも簡単に見て回れる。

 先ほど声を荒げていた桃ちゃんは未だ不機嫌さを露わにしており、井澤さんの顔を視界に入れようとしなかった。
 けれど、途中で立ち寄った古い商店でアイスを井澤さんに奢ってもらうと、その後はいくらか表情が和らいだように見えた。餌付け完了である。

 町の中はほとんどの土地が戸建ての家で埋まっていたが、ちょうど町の中心を横切る主要道路の周りだけは、スーパーやコインランドリー、食事処など、いくつもの店で賑わっていた。
 そして、そこから少し逸れた道を進んでいくと、前方に何やら大きな建物が見えてきた。

「あれが桜ヶ丘小学校だ。この町に住む子どもは、みんなあの学校に通ってる」

 井澤さんが言った。どうやらこの町唯一の小学校らしい。

 三階建ての、白っぽい横長の校舎が見える。
 正面玄関の手前には、緑の葉をつけた立派な桜の木が立っている。きっと入学式のシーズンには美しい花を咲かせるだろう。

「この小学校も、すずの記憶と何か関係があるんですか?」

 隣から沙耶が聞いた。

「まあな。本人が思い出すかどうかはわからないが」

 井澤さんが言うと、三人の目が一斉にぼくを見る。

「え。あの……そんなに見つめられると緊張するんだけど」

「大丈夫だ、すず。お前は世界で一番可愛い」

「いや、そういう問題じゃなくて」

 彼らに期待されたところで、ぼくの記憶が戻るのかどうかはわからない。そもそも比良坂すずとは無縁のこの地で、ぼくは一体誰の記憶を思い起こそうとしているのだろう?

 せっかくこうして遠出してきたというのに、もしもこのまま何も思い出せなかったとしたら、なんだか皆に申し訳がない。

 何か手掛かりになりそうなものは——と考えたとき、ふと頭を過ったのは、先日井澤さんから見せてもらった一枚の写真だった。

「井澤さん。前にスマホで見せてくれた写真がありましたよね。川に橋が架かってる写真。あの場所ってここから近いんですか?」

「ああ、あれな。山を下りてすぐの所だ。車で行けば五分もかからない」

 青々とした山をバックに、川の上を細い橋が横切っている写真。もともとはあの場所へ連れていってくれるのだと井澤さんも言っていた。

「何の変哲もない川だけど、とりあえず向かってみるか。昔はよくあそこで遊んだしな」

「え?」

 彼の何気ない一言が、ぼくには引っかかった。

 昔はよくあそこで遊んだ。
 それは、一体誰の話をしているのだろう?

 まるで当時の様子をその目で見ていたかのような彼の口振りからすれば、遊んでいたのは彼自身か、あるいは彼がよく知る人物ということになる。

 井澤さんはこちらの視線に気づくと、一瞬だけ目を丸くして、すぐに顔を逸らして言った。

「もうじき腹も減ってくる頃だろ。橋を見終わったら、ふもとの方で飯にするか」
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

Marry Me?

美凪ましろ
恋愛
 ――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。  仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。  不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。 ※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。 ※彼の過去だけ、ダークな描写があります。 ■画像は、イトノコさまの作品です。 https://www.pixiv.net/artworks/85809405

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

あばらやカフェの魔法使い

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...