僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!

文字の大きさ
25 / 62
第二章

魂の在処

しおりを挟む
 
          ◯


 人の記憶は体のどこに宿るのだろう?
 脳か、心臓か。はたまた体の全ての細胞か。

 もしも細胞に記憶が宿るなら、他人の角膜を移植された人間は、その他人の記憶を引き継ぐことができるのかもしれない。

 ぼくはいま、自らの身をもって、それを実証しようとしている……。



「あっ、かき氷の屋台だ! 井澤さーん。あれも欲しい!」

「遠慮ってものを知らんのか、キミは」

 甘い声の沙耶に強請られ、井澤さんは渋々と財布を取り出す。

 そんな彼らの後方で、桃ちゃんはひとり明後日の方向を向いていた。心ここに在らず、といった様子でぼんやりと空を眺めている。きっと、今のぼくが『比良坂すず』ではないことに強いショックを受けているのだろう。

 大事な幼馴染、それも密かに想いを寄せている相手が別人と入れ替わっているなんて知ったら、こんな風になってしまうのもわかる。

「キミは何も食べないのか?」

 いつのまにか、井澤さんが隣に立っていた。彼の手元にはたこ焼きの載ったトレーが二つあり、そのうちの一つをこちらへ差し出してくれる。

「育ち盛りだろ。食べとけ。途中で倒れられても困るからな」

 彼は有無を言わさずトレーをこちらに押し付けて、今度は桃ちゃんのもとへと向かう。そうして同じようにたこ焼きを勧めたが、彼には断られたようで、仕方なく自らそれを食べ始めた。

「それで、どうだ? そろそろ何か思い出せそうか?」

 出来立てアツアツのたこ焼きを口に頬張りながら、彼は聞く。

 ぼくの中に存在する、比良坂すずとは別人の記憶。
 しかし今はまだ、決定的なことは何も思い出せない。この町を見て『懐かしい』という感覚は確かにあるけれど、ぼんやりとそう感じるだけだ。この右目の所有者が一体どんな人物だったのかはまだ何も見えてこない。

「あの……。井澤さんが知っているその人は臓器提供者ドナーで、実際に角膜を提供してくれたわけだから……今はもう、この世にはいないってことですよね?」

 十年前、比良坂すずに角膜を提供したドナー。
 ということは、その人は十年前の時点ですでに亡くなっていたということだ。

「俺に質問ばかりしていると、ただの推理ゲームになってしまうぞ。問いかけるなら、自分の胸に聞いた方がいい」

 その通りだった。彼から情報をせがんでばかりでは、ただの人当てクイズになってしまう。さながら『私は誰でしょうゲーム』だ。

ぼくは……。たぶん、お祭りが好きだったんですよね。ここの景色を見ているだけで、とてもワクワクするんです」

 確信を持って言えるのはそれだけだった。生前の『ぼく』はきっと、一年に一度のこの花火大会のことを毎年心待ちにしていたのだと思う。

「そうだな。……あいつは祭りが好きだった。十年前のあの日だって、直前まで楽しみにしてたんだ」

 そう言った彼の声は優しかった。まるで大切な人のことを思い起こすような、確かな慈しみの心がそこに滲んでいた。

「井澤さんにとって、その人はどんな存在だったんですか?」

「そうだなぁ。俺にとっては、かけがえのない存在だったよ。キミが俺のことをどう思っていたのかはわからないけどな」

 彼のその言い方は、ぼくとその人を完全に同一視していた。
 ぼくの中にはその人の記憶があり、そして記憶の中に、その人の魂が宿っている——暗にそう言われたような気がして、ぼくはそのとき初めて、『自分』の居場所がここにあるような気がした。
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

Marry Me?

美凪ましろ
恋愛
 ――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。  仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。  不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。 ※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。 ※彼の過去だけ、ダークな描写があります。 ■画像は、イトノコさまの作品です。 https://www.pixiv.net/artworks/85809405

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

あばらやカフェの魔法使い

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...