25 / 62
第二章
魂の在処
しおりを挟む◯
人の記憶は体のどこに宿るのだろう?
脳か、心臓か。はたまた体の全ての細胞か。
もしも細胞に記憶が宿るなら、他人の角膜を移植された人間は、その他人の記憶を引き継ぐことができるのかもしれない。
私はいま、自らの身をもって、それを実証しようとしている……。
「あっ、かき氷の屋台だ! 井澤さーん。あれも欲しい!」
「遠慮ってものを知らんのか、キミは」
甘い声の沙耶に強請られ、井澤さんは渋々と財布を取り出す。
そんな彼らの後方で、桃ちゃんはひとり明後日の方向を向いていた。心ここに在らず、といった様子でぼんやりと空を眺めている。きっと、今の私が『比良坂すず』ではないことに強いショックを受けているのだろう。
大事な幼馴染、それも密かに想いを寄せている相手が別人と入れ替わっているなんて知ったら、こんな風になってしまうのもわかる。
「キミは何も食べないのか?」
いつのまにか、井澤さんが隣に立っていた。彼の手元にはたこ焼きの載ったトレーが二つあり、そのうちの一つをこちらへ差し出してくれる。
「育ち盛りだろ。食べとけ。途中で倒れられても困るからな」
彼は有無を言わさずトレーをこちらに押し付けて、今度は桃ちゃんのもとへと向かう。そうして同じようにたこ焼きを勧めたが、彼には断られたようで、仕方なく自らそれを食べ始めた。
「それで、どうだ? そろそろ何か思い出せそうか?」
出来立てアツアツのたこ焼きを口に頬張りながら、彼は聞く。
私の中に存在する、比良坂すずとは別人の記憶。
しかし今はまだ、決定的なことは何も思い出せない。この町を見て『懐かしい』という感覚は確かにあるけれど、ぼんやりとそう感じるだけだ。この右目の所有者が一体どんな人物だったのかはまだ何も見えてこない。
「あの……。井澤さんが知っているその人は臓器提供者で、実際に角膜を提供してくれたわけだから……今はもう、この世にはいないってことですよね?」
十年前、比良坂すずに角膜を提供したドナー。
ということは、その人は十年前の時点ですでに亡くなっていたということだ。
「俺に質問ばかりしていると、ただの推理ゲームになってしまうぞ。問いかけるなら、自分の胸に聞いた方がいい」
その通りだった。彼から情報をせがんでばかりでは、ただの人当てクイズになってしまう。さながら『私は誰でしょうゲーム』だ。
「私は……。たぶん、お祭りが好きだったんですよね。ここの景色を見ているだけで、とてもワクワクするんです」
確信を持って言えるのはそれだけだった。生前の『私』はきっと、一年に一度のこの花火大会のことを毎年心待ちにしていたのだと思う。
「そうだな。……あいつは祭りが好きだった。十年前のあの日だって、直前まで楽しみにしてたんだ」
そう言った彼の声は優しかった。まるで大切な人のことを思い起こすような、確かな慈しみの心がそこに滲んでいた。
「井澤さんにとって、その人はどんな存在だったんですか?」
「そうだなぁ。俺にとっては、かけがえのない存在だったよ。キミが俺のことをどう思っていたのかはわからないけどな」
彼のその言い方は、私とその人を完全に同一視していた。
私の中にはその人の記憶があり、そして記憶の中に、その人の魂が宿っている——暗にそう言われたような気がして、私はそのとき初めて、『自分』の居場所がここにあるような気がした。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる