32 / 62
第三章
表の顔
しおりを挟む◯
翌日。
俺は朝一から学校に登校した。
「わっ、めずらしー。井澤が朝から教室にいるなんて」
クラスメイトたちの反応の通り、俺がこの時間に教室にいるのは珍しい。次々に登校してくる生徒たちからはまるで珍獣でも見るかのような視線が飛んでくる。
そんな中、一際賑やかな女子グループが前方の扉から入ってきた。彼女たちを見るなり、教室のあちこちから「おはよう」の声が飛び交う。
グループの中心で穏やかな笑みを浮かべ、手を振り返しているのは愛崎美波である。
さすがの人気ぶりだ。俺には挨拶一つ寄越さなかったクラスメイトたちも、彼女には自ら手を振るなり声をかけるなりしている。これだけの人望を集めながら家では鼻にピーナッツを詰めるというのだから、人間わからないものだ。
そして、
「おはよう、井澤くん」
彼女はまるで昨日のことなど覚えていないかのように、落ち着き払った笑顔で俺に挨拶した。
「え、ああ。おはよう……」
不意を突かれた俺はぎこちなく返す。
彼女はそのまま俺の前を通り過ぎて窓際の席に着いた。陽光を浴びた彼女の肌は白く、常に微笑をたたえているその横顔を、複数の男子たちが遠巻きに眺めている。
「愛崎さんって優しいよな。井澤にもちゃんと挨拶するし」
教室のどこからか、そんな男子の声が聞こえた。
どんな相手にも分け隔てなく接する優等生。
愛崎美波という存在は、間違いなくこのクラスのマドンナだった。
◯
——誰にも見られてなければ、ちょっとぐらい羽目を外したっていいでしょ。学校ではずっと真面目なフリをするの、けっこう疲れるんだから。
昨日病院で言っていた彼女の言葉が頭から離れない。
学校にいる間の彼女は、どこからどう見ても理想的な女の子だった。清楚で真面目で、誰にでも優しく、常に笑顔を振り撒いている。
しかし昨日の彼女の言葉が本心だとすれば、今の彼女はかなり無理をしているということになる。
「ねえ、井澤くん」
と、休み時間も机でひとりボーっとしていると、急に女の子の声が聞こえた。ハッと我に返って顔を上げると、すぐ目の前には愛崎が立っていた。
「え、愛崎? なんで」
まさか声をかけてくるとは思わず身構えると、彼女はにこりとやわらかい笑みを浮かべながら言った。
「次の授業、体育なんだ。女子はここで着替えるから、男子は廊下に出てくれる?」
言われて、すかさず周りを見ると、いつのまにか教室に残っている男子は俺だけで、着替えの用意をしている女子たちは刺すような視線をこちらに向けている。
女子は教室、男子は廊下。この当時、着替え場所はそれが当たり前だった。
このタイミングで男子が教室に残るということは、女子の着替えを覗き見することと同義なのだ。
「井澤。早く出ていきなよ」
「着替えを覗くのって最低だよ!」
愛崎の後方からギャーギャーと騒ぎ立てる女子たち。
「うるさいな……。言われなくてもすぐに出てくよ。別に着替えとか興味ないし。ていうか、女子はいいよな。プライバシーが守られててさ」
仕返しとばかりにそう吐き捨てて、俺は席を立つ。
ギャラリーの声はさらに激しさを増したが、目の前の愛崎だけは何も返してこない。と思いきや、
「……井澤くんはいいよね。男の子でさ」
すれ違いざまに、俺にだけ聞こえる声で、彼女は確かにそう言った。
一瞬だけ足を止めそうになったが、周りの抗議の声があまりにもうるさかったので、俺はそのまま聞こえなかったフリをして教室を後にした。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる