僕《わたし》は誰でしょう

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第三章

愛崎美波

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 愛崎美波は、『真面目』を絵に描いたような生徒だった。

 少なくとも、表向きはそうだった。
 品行方正、文武両道。遅刻をすることもなければ宿題を忘れることもない。さらには正義感に溢れ、クラスで揉め事があれば必ず仲裁に入る。
 教師やクラスメイトたちからの信頼も厚く、学級委員長を決める際には彼女を置いて他にないという程だった。

「そんな愛崎が鼻にピーナッツねぇ。これはとんでもない弱みを握っちゃったな」

「誰にも言わないって約束して。こんなことが周りに知れたら、学校で笑い者にされる。それに、もしこれがママの耳に入ったら……」

 愛崎はそう言って顔面蒼白になる。
 そこまで気にするくらいなら、最初から鼻にピーナッツなんか入れなきゃいいのにと思う。

 彼女はどうやら祖父母に連れられて病院ここまで来たらしい。親は普段から仕事で遅くなることが多く、祖父母の家が近くにあることもあって、そちらに預けられることが多いのだとか。

「じーちゃんばーちゃんの前では調子に乗るタイプか? 気持ちはわからないでもないけど、本当に意外だったな。愛崎がそんなことをする奴だったなんて」

「別に……。誰にも見られてなければ、ちょっとぐらい羽目を外したっていいでしょ。学校ではずっと真面目なをするの、けっこう疲れるんだから」

 もはや隠すものもなくなったとばかりに、彼女は半ば開き直るように言った。その口ぶりからすると、普段の彼女の振る舞いは自然なものではなく、少し無理をして作っているものらしい。

「なんか、本性を現したって感じだな。せっかく学校では真面目なキャラを貫いてるのに、そんなにオープンに話していいのか?」

「井澤くんは不真面目だから、少しくらいこういう話をしてもいいかなって思っただけ。それに、井澤くんはあんまり学校にも来ないでしょ。友達もいないから、私のことを言いふらす心配もなさそうだし」

「って、おい。黙って聞いてれば好き勝手に言ってくれるじゃないか」

 俺が不真面目なのも、学校で友達がいないのも確かに事実だ。けれどそれにしたって、ここまではっきりと嫌味を言われる筋合いはない。

「悔しかったら学校に来なよ。それから勉強して、クラスメイトとも仲良くして、社会を学んでいかなきゃ。そうしないと大人になった時に苦労するよ」

 さすがは学級委員長だけあって、教科書みたいなことを言う。

「俺はそういうのはいいんだよ。どうせ勉強したって親が喜ぶわけでもないし。将来がどうとか、そういうのにも全く興味がないし」

 人には人の数だけ家庭の形がある。
 俺の場合は、どれだけ真面目に生きていたって、兄と比較されて親に嘆かれるだけだ。ならば最初から手を抜いて生きた方が、少しでも気がラクになるというものである。

「井澤くんはいいよね。そういうのが許される家でさ」

 これまた嫌味っぽいことを言いながら、彼女は丸椅子から立ち上がった。
 どうやら彼女の祖父母が諸々の手続きを終えたようで、部屋の端から手招きしている。

 井澤くんはいいよね——と言ったときの彼女は、わずかに顔を曇らせていたように見えた。
 まるで自分には自由がないとでも言いたげなその態度は、俺にとっては八つ当たりにしか思えない。

「おい、待てよ。俺にだって色々あるんだぞ」

 すかさず抗議しようとしたが、彼女はもはや聞く耳持たんとばかりに無言で離れていく。

 悔しかったら学校に来なよ、と、先ほど彼女が口にしていた言葉が脳裏で蘇る。
 こちらを振り返ろうともしない彼女の背中が、もう一度そう語っているように俺には見えた。
 
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