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第三章
変わっていくこと
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その日から、俺は何度も愛崎の家に通った。
何度も会って話すたびに、お互いのことを深く知っていった。そうすることで俺はやっと、彼女の抱えている悩みを感じ取った。すなわち、彼女は心と体とで性別が違うのだと。
——井澤くんはいいよね。男の子でさ。
彼女は男に生まれたかったのだ。女の体でこの世に生まれてきたけれど、心は男そのもの。
俺と話す時も、単なる同性の友達として接している。俺を軽々しく家に誘ったのも、そもそも俺を異性として見ていなかったからだ。
彼女は俺の前では素の自分でいられる。
いつも無理をして被っている仮面を取り払って、一人の男であろうとする。
なのに。
俺はそんな彼女を一人の女の子として認識して、どうしようもなく惹かれていくのだった。
◯
やがて季節はめぐり、俺たちは中学生になった。
学校の場所は遠くなり、通学手段は自転車に変わる。同級生の数も一気に増え、新しい顔ぶれと対面した。
環境が変われば、人も自然と変わっていく。身近な変化で一番大きかったのは、やはり愛崎のことだった。
彼女は中学一年の春に、生まれて初めての恋をしたのだ。
「好きな女の子がいるんだ」
彼女からそんな相談を受けたのは、放課後に二人で近くのショッピングモールに寄った時のことだった。
学校から歩いていける距離に、年季の入った大型ショッピングモールがある。下校時にはそこのフードコートでちょっとだけ腹を満たしていくのが、俺たちの日課になりつつあった。
この頃にはすでに俺たちの関係は周りに知れ渡っていた。
異性同士ではあるけれど、恋愛関係ではないただの友達。初めはお似合いだと茶化されたこともあったが、愛崎に全くその気がないことは誰の目にも明らかで、すぐにネタにされなくなった。
「好きな女の子か……。そりゃ難儀な話だな」
「そうなんだよ。こっちも見た目は女だしさ。普通に告白しても、たぶん困らせるだけだと思う……。こういう時って、どうしたらいいのかな」
それを俺に聞くのか、と思った。当事者である愛崎にもわからないのに、俺のような身も心も男である人間にそんなことを聞かれても困る。
それにただでさえ、こっちは目の前の彼女に密かな想いを寄せているというのに。
いくら愛崎が鈍感とはいえ、あまりにも残酷な仕打ちではないか。
結局、その後も良い解決策は見つからなかった。愛崎は叶わぬ恋を密かに抱えながら、一女子中学生として日々を過ごしていく。
けれど、彼女は着実に変わりつつあった。小学生の頃はあれだけ完璧な優等生を装っていた彼女が、その仮初の姿を崩し始めたのだ。
◯
「昨日、母さんとケンカした」
言いながら、愛崎はバドミントンのシャトルを頭上へ放り投げ、こちらへサーブを打つ。
俺がちょっと意地悪な方向へ打ち返しても、運動神経の良い彼女は難なくラリーを続けた。
放課後の夕暮れ時。俺たちは家の近所にある『桜ヶ丘パーク』に来ていた。だだっ広いグラウンドの端っこで、二人だけのバドミントンを楽しむ。
俺はいつもの制服姿だったが、愛崎は体育用のジャージ姿だった。ここのところ、彼女は一日中この服装でいることが多い。本人曰く、制服のスカートを穿くのがどうしても嫌なのだという。教員に注意されてもお構いなしだ。
「珍しいな。愛崎が母親とケンカなんて。何をやらかしたんだ?」
小学生の頃の彼女は、いつも母親の顔色を窺っていた。ママ、と呼び慕い、母親の気を損ねることがないよう、細心の注意を払っていたはずだ。
しかし最近の愛崎は違う。もともと母親から言い聞かされていた、「女は女らしく」というルールを平気で破る。私服は男物ばかり着るようになり、学校ではずっとジャージ姿でいる。さらにはあれだけ長かった綺麗な髪も、今はばっさりと切ってショートカットになっていた。
「やらかしたっていうか……母さんが急にキレたんだよ。僕の一人称が気に入らないみたいでね」
彼女は数日前から、自分のことを『僕』と呼ぶようになった。
世の女子中学生の大半は、自分のことを『ぼく』とは呼ばないだろう。もちろんゼロではないだろうが、明らかに少数派である。少数派であるということは、彼女の母親が許さない。
「僕は放っといてほしいんだけどな。母さんには、この気持ちは理解できないみたいだ」
彼女は着実に変わりつつある。
俺が悪影響を与えてしまったのだろうか、と思うこともある。
彼女にとって何が正解なのか、俺にも、本人にも、誰にもわからなかった。
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