僕《わたし》は誰でしょう

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第三章

あの日のこと

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 その後の経過を観察するとともに、比良坂すずの中に愛崎美波の記憶があることは揺るぎないものとなった。

 ここに彼女がいる。
 十年前に命を落とした美波が、この比良坂すずの中で生きている。

 俺は歓喜に打ち震えていた。この十年で諦めかけていた希望が、ここにきて光を取り戻したのだ。

 けれど同時に、不安もあった。

 もともと美波が記憶転移に興味を持ったのは、自分が男になれる可能性をそこに見出していたからだ。
 自らの臓器を提供して、移植されたレシピエントが男性であれば、美波は今度こそ男になれる。それを望んでいたはずなのだ。

 しかし残念ながら、比良坂すずは女性である。もしも美波がこのまま全てを思い出したら、そのとき彼女はショックを受けるかもしれない。



「……話してくれてありがとう、凪。僕も、やっと思い出したよ」

 比良坂すず——いや、今は『美波』である彼女は、川の上に打ち上げられた花火を仰ぎながら言った。

 氷張川納涼花火大会。
 ずっと前から一緒に行こうと約束していたこの日を、俺たちは十年の時を越えてやっと迎えた。

 暗い夜空に火の花が咲く。腹の底まで響く大きな破裂音が連続し、辺りは昼のように明るくなる。

 川の周りは人でごった返し、土手の部分には各々持参したシートが敷かれ、腰を下ろした人々が談笑しながら空を見上げている。電飾が灯る屋台からは香ばしいにおいが漂い、わたあめを手にした子どもたちがはしゃぎながら沿道を駆けていく。

 あらかじめ場所取りをしていなかった俺たちは、土手の端の方に突っ立ったまま、四人で花火を鑑賞していた。
 比良坂すずの幼馴染である二人は、どこか遠慮がちに美波の背中を見つめている。

「それにしてもさ、母さんもひどいよね。僕があの子に告白したこと、凪にバラしたんだ。プライバシーも何もあったもんじゃないよ」

 十年前の終業式の日のことを言っているのだろう。あの日、美波は片想いしていた相手に告白をした。
 『本当の自分』を曝け出して、意中の相手に想いを伝える。それがどれだけ勇気のいることだったのか、俺には想像することしかできない。

「……結局、キミはそのことで母親とケンカをして、家を飛び出したんだったな。あのとき事故に遭ったのは、キミの意思だったのか?」

 十年前。彼女は雨の中を傘も差さずに走り、赤信号の交差点に飛び出して車に撥ねられた。
 あれは、彼女がそう望んだ結果だったのだろうか。

 もしそうだとすれば、彼女の死は自殺ということになる。
 そして自殺ということは、世間おれたちが彼女を殺したということだ。

 けれど彼女は、

「違うよ」

 花火を見つめる彼女の横顔が、赤く、青く、様々な色に照らされる。

「僕は死ぬつもりなんてなかった。あのときは、ただ感情的になって周りが見えていなかっただけ。車と衝突したのは、本当に事故だったんだよ」

 断続的に上がる花火の音に包まれながら、彼女の声が、言葉が、十年前のあの日からずっと止まっていた俺の心を解かしていく。

「僕は、死にたくなかった。辛いことは確かに色々あったけど、それでも僕は……もっと生きていたかったんだ」

 彼女の死は、不慮の事故によるものだった。
 誰も彼女の死など望んでいない。
 あれは本当に、偶然が重なった不幸な出来事だったのだ。

「バチが当たったのかもしれないね。せっかく母さんが産んでくれた健康な体に、僕はケチを付けたんだから。……本当は母さんとケンカなんてしたくなかったし、今まで育ててくれたことにも感謝してる。なのに僕は、いつも不満ばかり口にして、感謝の言葉なんてこれっぽっちもかけることはなかった。だから、こうして事故に遭って命を落としたのも、記憶転移で男の体になれなかったのも、きっと天罰なんだよ」

「そんなこと……」

 天罰だなんて、そんな簡単な言葉でまとめたくはなかった。俺がもっと彼女の——いや、の心に寄り添ってやれていれば、こんな結果にはならなかったかもしれないのに。

「なあ」

 と、それまで静かだった幼馴染の少年、桃城流星が久方ぶりに口を開いた。

「オレには難しいことはよくわかんないけどよ、あんたら二人は、すずの体が不満なのか?」

 その声と表情には、あきらかな不快感が露わにされている。
 
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