僕《わたし》は誰でしょう

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第四章

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 行きと同じ、片道三時間弱のドライブを終えて自宅近くまで帰り着いた頃には、とっくに日が暮れていた。

 比良坂すずの両親に見られると余計な心配をされそうなので、あえて家の前ではなく近所の公園の辺りで僕は降ろしてもらう。
 いつもの定位置に車を停めると、凪も見送りのために外へ出てきてくれた。

「それじゃ、また明日。ここで待ってるから」

 彼はまるで当たり前のようにそう言ってくれる。仕事も休んで、何もかも僕のために付き合ってくれている。

 明日、僕がまだこの世界にいるかどうかもわからないのに。

「ねえ、凪」

「なんだ?」

「凪は、僕に何かしてほしいことはないの?」

 直球で質問をする。
 凪がしてほしいこと。

 本来ならこういうことは僕自身で考えて、さりげなくするべきものなのだと思う。けれどあいにく、僕には時間がない。

「してほしいこと?」

 突然の質問に、凪は目をしばたたかせていた。

「何でもいいんだよ。僕にできることは少ないかもしれないけど。でも僕は、凪にいつも甘えっぱなしで、このままじゃ死んでも死に切れないんだ。だから僕も、いま僕にできることを、凪のためにしたい」

 彼にはずっと世話になってきた。小学生の頃からずっと。思えばずいぶんとワガママな振る舞いをして振り回してきたかもしれない。

 けれど彼は、そんな僕と友達でいてくれた。今だって、あれから十年も経っているというのに、彼はまるでその時間を感じさせないくらいに、あの頃と同じように接してくれる。

「してほしいことなんて、そんなの……」

 凪はそこで一度切ると、急に下を向いた。前髪で目元が隠れて、表情が見えない。

「凪?」

「俺がキミに望むのは、たった一つだけだ」

 彼は顔を下に向けたまま、ゆっくりと僕の目の前まで歩み寄る。そうして僕の足元に膝をついて、顔を上げずに言った。

「俺は……キミにここにいてほしい。ずっと。そこにいてくれるだけでいいんだ。それ以上は何も望まない。ただ、生きていてほしいんだ」

 生きていてほしい。
 そんな難しいことを、彼は言う。

「もちろん、わかってる。それは無理なことなんだって。でも俺は……怖いんだ。キミをまた失うのが」

「凪……」

 十年前のあの日、僕は死んだ。
 あのとき、凪がどれほどのショックを受けていたのか、僕には想像することすらできない。

「ごめん。美波。俺は……キミのことを、恋愛対象として見ている。キミが男であることを知りながら、それでも俺は、キミを女として見てしまっていた。キミの気持ちをわかっているつもりだったのに、ひどい裏切りだと思う。本当に、ごめん……」

 彼は何度もそう謝りながら、膝の上に置いた拳を強く握りしめる。

 彼のその気持ちを、可能性として考えたことがないわけじゃなかった。
 僕らの体は異性同士だ。いくら中身は男だと言い張っても、僕の見た目は女なのである。思春期の真っ只中に、あれだけ毎日一緒にいて、意識するなという方が無理な話だったのかもしれない。

「……ごめんな。いい年して、子どもみたいなこと言って」

 凪はそう言うと、やっと腰を上げてその場に立ち上がった。僕よりもずっと背の高い彼の、こちらを見下ろす微笑みは優しくて、その瞳はわずかに濡れているように見えた。

「キミの気持ちはわかっているつもりなんだ。だからキミは、俺には何の遠慮もしなくていい。美波がただ生きていてくれるだけで、俺は救われているんだ」

 僕がここにいるだけで、彼はそれを祝福してくれる。
 たとえ僕の本性が男だとわかっていても、それも含めて、彼は僕を愛してくれている。

 なら、そんな彼が隣にいてくれるなら、僕はもう性別なんて気にしなくていいんじゃないか——と、そんな風にさえ思えてくる。

「凪、僕は……」

 と、そこで凪が急に顔を上げた。何かを見つけたかのように、僕の背後へ視線を向けている。

 何だろう、と思って僕も肩越しに後ろを振り返る。
 すると視線の先——公園を囲むフェンスの角から、こちらの様子を窺う二人の姿があった。片方は細身の少女らしきシルエット。そしてもう片方は、やけにガタイの良い巨漢だった。

「え……。もしかして、沙耶と桃ちゃん?」
 
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