52 / 62
第四章
願い
しおりを挟む◯
行きと同じ、片道三時間弱のドライブを終えて自宅近くまで帰り着いた頃には、とっくに日が暮れていた。
比良坂すずの両親に見られると余計な心配をされそうなので、あえて家の前ではなく近所の公園の辺りで僕は降ろしてもらう。
いつもの定位置に車を停めると、凪も見送りのために外へ出てきてくれた。
「それじゃ、また明日。ここで待ってるから」
彼はまるで当たり前のようにそう言ってくれる。仕事も休んで、何もかも僕のために付き合ってくれている。
明日、僕がまだこの世界にいるかどうかもわからないのに。
「ねえ、凪」
「なんだ?」
「凪は、僕に何かしてほしいことはないの?」
直球で質問をする。
凪がしてほしいこと。
本来ならこういうことは僕自身で考えて、さりげなくするべきものなのだと思う。けれどあいにく、僕には時間がない。
「してほしいこと?」
突然の質問に、凪は目を瞬かせていた。
「何でもいいんだよ。僕にできることは少ないかもしれないけど。でも僕は、凪にいつも甘えっぱなしで、このままじゃ死んでも死に切れないんだ。だから僕も、いま僕にできることを、凪のためにしたい」
彼にはずっと世話になってきた。小学生の頃からずっと。思えばずいぶんとワガママな振る舞いをして振り回してきたかもしれない。
けれど彼は、そんな僕と友達でいてくれた。今だって、あれから十年も経っているというのに、彼はまるでその時間を感じさせないくらいに、あの頃と同じように接してくれる。
「してほしいことなんて、そんなの……」
凪はそこで一度切ると、急に下を向いた。前髪で目元が隠れて、表情が見えない。
「凪?」
「俺がキミに望むのは、たった一つだけだ」
彼は顔を下に向けたまま、ゆっくりと僕の目の前まで歩み寄る。そうして僕の足元に膝をついて、顔を上げずに言った。
「俺は……キミにここにいてほしい。ずっと。そこにいてくれるだけでいいんだ。それ以上は何も望まない。ただ、生きていてほしいんだ」
生きていてほしい。
そんな難しいことを、彼は言う。
「もちろん、わかってる。それは無理なことなんだって。でも俺は……怖いんだ。キミをまた失うのが」
「凪……」
十年前のあの日、僕は死んだ。
あのとき、凪がどれほどのショックを受けていたのか、僕には想像することすらできない。
「ごめん。美波。俺は……キミのことを、恋愛対象として見ている。キミが男であることを知りながら、それでも俺は、キミを女として見てしまっていた。キミの気持ちをわかっているつもりだったのに、ひどい裏切りだと思う。本当に、ごめん……」
彼は何度もそう謝りながら、膝の上に置いた拳を強く握りしめる。
彼のその気持ちを、可能性として考えたことがないわけじゃなかった。
僕らの体は異性同士だ。いくら中身は男だと言い張っても、僕の見た目は女なのである。思春期の真っ只中に、あれだけ毎日一緒にいて、意識するなという方が無理な話だったのかもしれない。
「……ごめんな。いい年して、子どもみたいなこと言って」
凪はそう言うと、やっと腰を上げてその場に立ち上がった。僕よりもずっと背の高い彼の、こちらを見下ろす微笑みは優しくて、その瞳はわずかに濡れているように見えた。
「キミの気持ちはわかっているつもりなんだ。だからキミは、俺には何の遠慮もしなくていい。美波がただ生きていてくれるだけで、俺は救われているんだ」
僕がここにいるだけで、彼はそれを祝福してくれる。
たとえ僕の本性が男だとわかっていても、それも含めて、彼は僕を愛してくれている。
なら、そんな彼が隣にいてくれるなら、僕はもう性別なんて気にしなくていいんじゃないか——と、そんな風にさえ思えてくる。
「凪、僕は……」
と、そこで凪が急に顔を上げた。何かを見つけたかのように、僕の背後へ視線を向けている。
何だろう、と思って僕も肩越しに後ろを振り返る。
すると視線の先——公園を囲むフェンスの角から、こちらの様子を窺う二人の姿があった。片方は細身の少女らしきシルエット。そしてもう片方は、やけにガタイの良い巨漢だった。
「え……。もしかして、沙耶と桃ちゃん?」
13
あなたにおすすめの小説
その距離は、恋に遠くて
碧月あめり
青春
高校二年生の沙里の好きな人は、母親の再婚相手で、義理の父親。親友にも話せない苦しい恋を、否定せずに受け止めてくれたのは、沙里の高校で非常勤講師をしている葛城だった。
優しい葛城に少しずつ気を許して懐くようになった沙里。ある雨の日に、葛城が彼女とケンカしているところに遭遇した沙里は、彼の秘密を知ってしまう。
Marry Me?
美凪ましろ
恋愛
――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。
仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。
不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。
※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。
※彼の過去だけ、ダークな描写があります。
■画像は、イトノコさまの作品です。
https://www.pixiv.net/artworks/85809405
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
あばらやカフェの魔法使い
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる