僕《わたし》は誰でしょう

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第四章

僕にできること

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 僕がその名を呼ぶと、二人はあからさまに慌てた様子で挙動不審になった。

「あっ。いやこれは、違うの! あたしたちはただ、たまたまここを通りかかっただけで。ねっ、桃ちゃん!」

「お、おう! 別に待ち伏せしてたわけじゃねーし。なんか二人の様子が変だったから隠れて覗き見しようなんてこれっぽっちも思ってなかったぞ!」

「ちょっと、桃ちゃん!!」

 まるで夫婦漫才でも始めたかのような彼らに、僕は呆気に取られる。
 その隣で、凪は妙に緊張した面持ちで二人を見つめていた。

「キ、キミたちは、その……一体いつから見てたんだ?」

「へっ!? いや、ちょうど通りかかっただけだから、別に何も見てませんけど!?」

「おうよ! 告白の瞬間なんて全然見てなかったぞ!」

「桃ちゃんは黙ってて!!」

 どうやら一部始終を目撃されていたらしい。凪は夜闇の中でもわかるくらいに耳を真っ赤にさせ、片手で目元を覆った。さすがにあの場面を見られたのは彼も恥ずかしかったようだ。

 再起不能となった彼の代わりに、僕は話題を変える。

「それで、沙耶たちはなんでここに? 僕に何か用事があったんじゃないの?」

 沙耶は窮地を脱するがごとく、僕の言葉に飛びついた。

「そ、そうそう! あたしたち、すずに……じゃなくて、美波に会いにきたんだよ。あなたとちゃんと話をしようと思って」

「比良坂すずじゃなくて、僕に?」

 二人は互いに顔を見合わせて頷くと、静かにこちらへ歩み寄ってくる。そうして僕の目の前に立つと、桃ちゃんは頭をかきながら視線をそらし、ぼそぼそと言った。

「その、このあいだは……冷たいことを言って悪かった。あんたのこと、邪魔者扱いみたいにして」

「え」

 まさか彼の口からそんな言葉が出るとは思わず、僕は返事に詰まった。

「あたしも謝る。あのときは、突き放すようなことを言ってごめん……。あれから桃ちゃんとね、二人で話し合ったんだよ。美波のこと。このまますずの記憶が戻るまで、何もせずに放っておいていいのかって」

「わざわざ謝りに来てくれたってこと?」

 彼女たちからすれば、僕は比良坂すずの体を奪った人間である。だから拒絶されるのは当たり前だし、それで冷たくされても仕方がないと思っていた。
 けれど彼女たちは、

「謝りたかったのもあるけど、今後のこともね、話したいと思ったの。あなたの記憶が消えてしまう前に、私たちにも何かできることはないかって」

 そんな申し出に、僕は面食らった。

「今のあなたは、確かにすずの体を借りている状態だけど……。すずも、あなたに右目をもらったでしょ? 角膜移植をして、すずは右目の視力を取り戻したの。だから、私たちもあなたに感謝してる。すずに右目をくれてありがとうって。だから……あなたに何か恩返しができないかって思ったの。あなたがここにいられる間に」

 それは、予想もしていないことだった。
 彼らが僕に感謝しているだなんて。

「桃ちゃんと話して、二人で考えたの。あなたが嫌なら、もちろん強制はしないけど。あなたさえよければ……私たちと一緒に、この夏の思い出を作らない?」

 思い出。
 彼らと一緒に、夏の思い出を作る。
 それは、聞こえはとても良いのだけれど、

「思い出って、具体的には何をするの? 夏祭りに行くとか?」

「何でもいいんだよ。夏祭りだけじゃなくて、他にもいっぱい、色んなことをして遊ぶんだよ。だって、今は夏休みだよ? 夏はたくさん遊ばないと。毎日思いきり楽しいことをして、へとへとになるまで遊び尽くすの。あなたの時間が許す限り、最後の瞬間まで」

 残された時間を、彼らと一緒に遊んで過ごす。
 想像しただけで、賑やかな毎日になるだろうなと思った。

「ね、井澤さんはどう思う? 井澤さんもどうせ暇でしょ? 非常勤だし」

「おい、こら。非常勤は暇って意味じゃないんだぞ。うちは身内が院長だから融通がきくってだけで……」

「ほら、井澤さんも大丈夫だって。美波はどう思う?」

 半ば無理やり調子を持っていかれているような気もするが、沙耶の目は真剣だった。

 四人で、この夏の思い出を作る。
 思い出を作るということは、彼らの心の中に、その記憶が残るということだ。

 なら、凪の心にも。

 僕にずっとここにいてほしいと言っていた彼の心にも、僕との思い出が残る。
 それはもしかしたら、僕が彼にしてあげられる、たった一つの恩返しなのかもしれない。

 だから、

「……いいかもね」

 僕がそう呟くと、沙耶と桃ちゃんはお互いの顔を見合わせて、ニッと年相応な笑顔を浮かべてみせたのだった。
 
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