僕《わたし》は誰でしょう

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第四章

二日目

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          ◯


 二日目は、流しそうめんを体験しに行くことになった。

 例によって朝七時に家の前で集合し、近くに停めてある凪の車へ四人で乗り込む。

 昨日のスイカ割りで味を占めた僕は、その日も何か新しいことに挑戦しようと思っていた。
 せっかくだから夏らしいものをと考えたときに、そういえば本格的な流しそうめんを経験したことはなかったなと気づいたのだ。

「流しそうめんなら、川床かわどこへ行ってみるか? ここから二時間ぐらいの距離だし、山の上の川沿いだから、この季節でもかなり涼しいんだ」

 凪はどうやら行ったことがあるようで、彼に案内されるまま、僕らはそこへ向かった。

 避暑地として人気があるというその場所は、本当に山の上にあった。
 川沿いの舗装された坂道を上っていくと、大型バスや観光客の集まるスポットが見えてくる。道の脇には老舗の旅館や料亭が並び、川と緑に囲まれた清涼な空間で、多くの人がお茶や料理を楽しんでいた。

「うっわ、すっご! なんか良い感じの空間!」

「すげえ高そうな店だな! これもぜんぶ井澤の奢りってエグすぎだろ!」

「いや言ってないが!? 勝手にぜんぶ勘定させるな!」

 凪は否定しつつも結局奢ってくれる。さすがに学生にお金を出させるのは気が引けるのか。
 まあ、医者の家系で経済的には困っていなさそうだし、と僕もそれに甘えた。

 地元では気温が三十五度を超える猛暑日だったが、ここら一帯は凪の言っていた通り涼しかった。麓と比べると十度以上低いようで、半袖だと少し肌寒いくらいに感じる。

 目的の店は料理旅館だったが、この時期に限り特別に流しそうめんもやっているらしい。店の前には開店前から列ができていて、整理券をもらったが三十分待ちだった。
 もしも開店後に来ていたら数時間は待たされていた可能性がある。それくらい人気の店のようだ。

 やがて順番が迫ってくると、僕らは案内にしたがって階段を降り、川へと近づいていった。
 川の上には広い桟敷さじきが設けられており、食事はそこでできるようになっている。

 まだ呼ばれるまで少し時間があったので、僕と沙耶は桟敷の端まで歩き、すぐ下に見える川面を見下ろした。縁に腰かけて足を下ろせば、川の水に触れることもできる。

「うはー! 冷たくて気持ちいい!」

 川と滝の轟音が響く中、沙耶の嬉しそうな声が上がった。彼女は川面に足先を浸して恍惚の表情を浮かべている。

 「美波もやってみなよ」と言われて、僕も同じように裸足になって足を伸ばしてみる。すると、結構な勢いのある水流が指先を弾いて、思わず「ひゃっ」と声を上げた。

「あはっ。良い反応だねぇ」

 にやにやと笑う沙耶の顔がすぐ隣にあって、僕はどきりとした。毎度のことではあるが、彼女は基本的に距離が近すぎる。

 かあっと耳が熱くなった気がして、咄嗟に彼女から目を逸らした。
 それを見た沙耶は「んんー?」と怪訝な声を漏らす。

「なに? あたしにドキドキしちゃった? 美波って、あたしみたいなのがタイプだったりするの?」

 揶揄からかわれているだけなのはわかっているが、僕は満更でもなかった。

 薄々気づいてはいたが、沙耶は、僕が好きだったあの子に少し似ている。見た目は全然違うのだけれど、なんというか、雰囲気が近いのだ。

 元気で明るくて、ちょっと強引で。屈託なく笑う顔が太陽みたいに眩しい。

 思い出しただけで、鼓動が高鳴る。それを悟られたくなくて、僕は慌てて沙耶に反撃する。

「そ、そういう沙耶はどうなのさ? 沙耶だって、桃ちゃんみたいな男子がタイプなんじゃないの?」

 以前もこういう話になったとき、彼女は言っていた。好きな人はいるけれど、それは叶わない恋なのだと。その話ぶりから、彼女の想い人はきっと桃ちゃんなのだろうと思っていた。

 当の桃ちゃんは今、少し離れた所で凪と話し込んでいる。周りは滝の轟音が響いているので、こちらの声はおそらく届かないだろう。

 さて沙耶の反応は、と僕は改めて彼女を見た。
 しかし当の彼女は、

「え? 桃ちゃん? なに言ってんの?」

 きょとん、と不思議そうな顔で首を傾げていた。

 予想外の反応に、僕は拍子抜けする。

「え? だ、だって。キミは前に言ってたじゃないか。好きな人の幸せそうな姿を見てるのが好きだって。それって、桃ちゃんのことじゃないの?」

 包み隠さずに僕が言うと、それを聞いた彼女はやっと何かを理解した様子で、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ふぅん。なーんだ。意外と気づかないんだね。自分だってある意味似たような境遇のくせに」

「へ?」

 発言の意図がわからない。
 僕が困惑していると、彼女は仕方ないなあと言わんばかりに説明してくれる。

「残念だけど、あたしが好きなのは桃ちゃんじゃないよ。もちろん、友達としては大好きだけどね。でも恋愛対象とは違う。女性の恋愛対象が必ずしも男性ってわけじゃないことは、あんたならわかってくれると思ってたんだけどなぁ」

 恋愛対象は、必ずしも男性ではない。
 苦笑するように言った彼女の言葉で、僕はやっとその真意に気づく。

「もしかして、沙耶の好きな人って……」

 僕が言いかけたその時、後方から凪の呼ぶ声が聞こえた。どうやら流しそうめんの順番が回ってきたらしい。

「おっ。やーっとお待ちかねのご飯の時間だね。てわけで、いざ出陣!」

 沙耶はいつもの調子でそう言うと、すぐに腰を上げて桃ちゃんたちのもとへと向かう。

「ほら、美波も。早く行こ!」

 促されて、僕も腰を上げる。

 こちらに笑みを向ける彼女の顔には、一点の曇りも見当たらなかった。



 初めての流しそうめんは、何メートルもある竹筒の表面を滑って僕らのもとへ届いた。
 麺の束が次から次へと流れてくるので、受け皿はすぐにいっぱいになる。後ろの客もつかえているので、食べる時間は十分程度しかない。

 あっという間にタイムリミットがきて、僕らは慌ただしく店を後にした。余韻に浸る暇もなかったけれど、

「はーっ! 面白かったね!」

 満面の笑みを浮かべた沙耶に言われると、確かに面白かったな、と思う。

 彼女の笑顔はきっと、周りの人を幸せにする。
 桃ちゃんも、比良坂すずも、きっと沙耶の存在に支えられてきたのだ。

 そして、僕も。

 彼女とこうして友達になれたことを思うと、僕は良い友達に恵まれているんだなと、改めて実感した。
 
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