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第四章
三日目
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思い出づくりを始めてから、三日目の朝を迎えた。
今日もまた、目が覚めると僕は比良坂すずの自室にいた。パステルカラーのインテリアに囲まれて、あたたかなベッドの中から天井を見上げる。
僕はまだここにいる。
この分だと、もしかしたらこれからもずっと、僕はこの世界にいられるんじゃないか——なんて錯覚を起こしてしまう。
(いや……やめよう)
こういう思考は良くない。
下手に希望を抱いて、それが叶わなかったときは、余計に自分の心を追い詰めてしまうことになる。
それに何より、僕がこの世を去らなければ、沙耶や桃ちゃんにとって大事な存在である比良坂すずが戻ってこられないのだから。
「で、今日はどこへ向かえばいいんだ?」
凪がハンドルを握りながら聞く。
このやり取りももはやお馴染みとなってきた。
僕ら四人を乗せた車は、北へ向けて出発した。
今日は日本海側にある海辺で花火大会と灯籠流しがあるのだ。
花火はともかく、灯籠流しを生で見たことがなかった僕は興味を引かれた。沙耶たちに話せばぜひ行こうということで、即刻行き先が決まったのだった。
「にしてもさー。日本海側まで行くのはさすがに遠いね。ここから三時間以上かかるんじゃない?」
沙耶の言った通り、目的地はかなり離れていた。もともと比良坂すずの家は太平洋寄りにあるので、日本海側まで行くとなると南から北へ陸を縦断することになる。
片道三時間以上。往復で六時間以上。
その間、運転はずっと凪がすることになる。
ここ数日ずっと僕に付き合ってくれている凪の顔には、あきらかに疲労の色が見て取れた。今も運転を続けながら欠伸が止まらない。そんな彼に今日も長時間のドライブを強いるのは酷である。
「やっぱり、やめとこうか。今の時期ならお祭りは他にもいっぱいやってるだろうし。わざわざそんな遠い所に行かなくても」
僕がそう諦めようとすると、途端に凪が反論した。
「いや。別にこれくらい大したことない。祭りはともかく、灯籠流しが見られる機会は少ないだろ。このまま行こう」
彼が無理をしているのは間違いなかった。けれど、他でもない彼が僕のためにそう言ってくれているのを思うと、無碍に断ることもできない。
結局、目的地は変更せずにそのまま車を走らせた。途中から高速に乗り、それほど混んでいない道を進む。
しかし、そろそろ休憩を挟もうかという段になって、
「凪、危ない!」
僕が助手席から叫ぶと、凪は慌ててブレーキを踏んだ。慣性が働いて、僕らの体は前のめりになる。
車が停まったのは、前方の車と衝突するすれすれのところだった。なんとか接触は回避できたことに、全員でほっと息を吐く。
どうやら事故で渋滞しているらしい。それまでスムーズだった車の流れはここでぴたりと止まっていた。
もう少しで、前方の車に突っ込むところだった。
凪は居眠り運転でもしてしまったのか、目元を乱暴に腕で擦りながら「ごめん」と呟く。
どう見ても限界である。
やっぱり長距離の移動はやめておこう、と全員の意見が一致して、僕らはとりあえず近くのサービスエリアへ向かった。
凪は凹んでいた。
もともとそれほど口数が多い方ではなかったけれど、先ほど事故を起こしかけたところから全く喋らなくなり、表情も沈んでいる。
サービスエリアのフードコートで、ひとり席に着いてコーヒーを啜る彼は半ば放心状態のように見えた。
「井澤さん、大丈夫かなぁ……。体力もそうだけど、主にメンタル的に」
さすがの沙耶も、今は彼に話しかけられずにいた。
三人で遠巻きに眺めながら、これからどうしようかと相談する。
「とりあえず高速は降りてさ。近くをぶらぶらしよっか? 遊べる場所は他にもいっぱいあるもんね」
極力明るい声で言う沙耶を見て、僕はますます申し訳なくなる。
「……ごめん。僕が好き勝手にあちこち行きたいなんて言ったから。みんなにも気を遣わせちゃってるね」
「なーに言ってんの! もともと提案したのはあたしたちだし。それに、これは遊びだよ? 遊びは楽しくやんなきゃ!」
「そうだぞ美波。お前がそんな暗い顔してたら、オレの作品も映像映えしないんだからな!」
もともとは凪のためになるかもしれないと思って、思い出づくりを始めたはずだった。
けれど今は、それがみんなの重荷になっている気がする。
そもそも僕は、いつまでここにいるんだろう?
僕がこの世から消えない限り、彼らはずっと、僕のために身も心も削り続けることになるのだろうか。
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