僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!

文字の大きさ
59 / 62
第四章

ショートムービー

しおりを挟む
 
          ◯


 翌朝。
 僕はまだギリギリのところで自分を保っていた。

 気を抜けばすぐにでも意識を持っていかれそうだったけれど、終始ぼんやりとしながらも、なんとか記憶を繋ぎ止めている状態だった。
 ほとんど執念のようなものだったかもしれない。



 いつものように比良坂すずの家の前で集合した僕らは、そのまま桃ちゃんの家へと向かった。どうやらコンテスト用に制作していたショートムービーが完成したらしい。

「昨日から徹夜で編集したんだ。まだ微調整は終わってないけど、とりあえず観れる形にはなってると思う」

 そう言ってパソコンを弄る桃ちゃんの顔は眠そうで、目の下にはくっきりとクマができていた。

 夏の終わりに締め切りがあるという、学生向けのショートムービーコンテスト。桃ちゃんの作品が果たして受賞できるのかどうか、その結果を、できるならこの目で見届けたかった。

 けれど今はまだ八月の半ばで、お盆の時期だ。今にも記憶を失ってしまいそうな僕は、おそらく夏の終わりまでここにいることはできない。

 桃ちゃんが徹夜で編集してくれたのもきっと、それを危惧してのことだろう。美波ぼくを被写体にした映像を、僕自身に見せるために、急ピッチで仕上げてくれたのだ。

「桃ちゃんが作った、記念すべき第一作目だね。楽しみー!」

 沙耶がパチパチと拍手をしながら言うと、隣の凪がギョッとした顔を見せる。

「お、おい。今回のが本当の本当に第一作目なのか? それってつまり完全なド素人ってことじゃ……」

 僕も内心、凪と同じ反応をしてしまう。

 受賞してやる、なんて本人が大口を叩いていたので、てっきりこれまでにもいくつか制作したことがあると予想していたのだけれど、とんだ思い違いだったようだ。

「おっし。それじゃ、再生するぞ! コンテストの募集テーマは、『最高に夏を感じるショートムービー』だ!」

 桃ちゃんの声を合図に、部屋の照明が落とされる。
 ド素人の割には機材だけは立派なものが備えられているらしく、家庭用のプロジェクタースクリーンに映像が映し出された。

 上映が始まってすぐにわかったことだが、その出来栄えはやはりお世辞にも上手いとは言えなかった。
 最初に出てくる画面も、黒背景に白地の文字がぼんやりと浮かんでいるだけ。ナレーションもなければBGMもない。

 ただ、そこに表示された文面に、僕は思わず心を惹かれた。

『人の魂は、人の記憶に宿る。』

 何の説明もなく、唐突に現れた短い一文。

 僕以外の人間が見たところで、きっと心動かされることはないだろう。けれど僕にとってその一文は、何かの答えを凝縮したような、とても重要なもののように思えた。

 人の魂が宿るのは、人の記憶の中である。

 脳でも心臓でもなく、ましてや全身の細胞でもない。極端に言えば、体そのものがなくても、記憶さえあれば、そこに人の魂は宿る——とでも言っているのか。

『えっ、ちょっと。もしかしてもう撮ってるの?』

 不意に、映像の中で声が響いた。
 それまで黒一色だった画面が急に切り替わって、見覚えのある病室の風景が映し出される。部屋の中央には、青い病衣を纏った比良坂すずの姿があった。

 これは先月の、まだ桃ちゃんたちと出会って間もない頃の僕だ。

 自分の正体も思い出せず、わからないことばかりで、疑心暗鬼になっていたあの頃。カメラに向けている瞳も、あきらかに不安の色が滲んでいる。沙耶と桃ちゃんの明るさにただただ圧倒されて、表情も強張っていた。

 思えばあの時、二人は普段以上に明るく振る舞ってくれていた気がする。きっと、僕が不安な顔をしていたから。僕を元気づけるために、わざとそうしてくれていたのだと、こうして映像を観ると改めて感じる。

『すず——っ! 退院おめでとう!!』

 場面は変わって、すぐに退院の日を迎えた。病院のエントランスで、花束を渡された僕と、その隣に光希くんの姿が映っている。

 その後も目まぐるしくカットが切り替わって、今度は退院パーティーの場面になった。
 
『すずちゃんは本当に良いお友達に恵まれたわねぇ。お母さん、泣けてきちゃう……』

 比良坂すずの両親が映っていた。
 この半月ほどの間、彼らにもずいぶんとお世話になった。愛情深い、優しい両親だった。あまり混乱させたくはないので、お別れを言うことができないのが少し残念だ。

『ほら、もう時間がないから出発するぞ。車に乗らない奴はここに置いていく』

 凪が登場した。

 これは確か、僕が比良坂すずの姿で初めて氷張市に向かった日のことだ。
 朝の六時に病院前に集合して、なぜか沙耶と桃ちゃんも一緒に行くことになったあの日。僕ら四人の思い出は、ここから始まったのだ。

 桜ヶ丘パークでやったバドミントン。沈み橋の上から眺めた川の風景。そして、花火大会……。
 そのどれもが、十年前の凪との思い出を想起させた。

 僕がまだ生きていた頃、凪と二人で、この街を駆け回った。お互いの家にも行ったし、学校でもずっと一緒だった。

「懐かしいな……」

 どれもがかけがえのない、大切な記憶だった。十年前の思い出も、この数日で新たに作った思い出も。

 海辺でバーベキューとスイカ割りをして、山の上の河原で流しそうめんを食べて、炎天下の中、僕の墓参りをして。

 ここ半月ほどで撮った映像を継ぎ接ぎしただけの、素人感溢れるショートムービー。最後にはご丁寧に『fin』なんて白文字で締め括ってあり、いかにも初心者が作りましたという出来栄えだった。

「どうだ? なかなかだろ?」

 桃ちゃんは自信満々の笑みを浮かべて感想を聞いてくる。
 その無邪気な様子に、僕は笑ってしまった。と同時に、勝手に涙が溢れてくる。

「わっ。どしたの美波。大丈夫!?」

 ぽろぽろと止めどなく雫が落ちてきて、いくら手で拭っても追いつかない。

「あはは……。さすがは桃ちゃんだよ。この映像、コンテストに出すんだよね?」

 僕たちの、この夏の思い出を並べただけの、他人には一切関係がないホームビデオ。内輪ネタにも程がある。

「これなら受賞間違いなしだろ。なんたって、オレたちの思い出は最高に夏を満喫したからな!」

 確かにコンテストの趣旨には合っているかもしれない。僕らのこの数日間は、最高の夏を楽しんだのだから。

「にしても、すごいよね。この映像……映ってるのはすずの姿なのに、ちゃんと美波だってわかるんだもん」

 沙耶はしみじみと言った。

 僕からすれば、比良坂すずの普段の様子はわからないけれど。それでも、この映像の中にいるのは確かに僕なのだと、そう感じる。
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

Marry Me?

美凪ましろ
恋愛
 ――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。  仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。  不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。 ※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。 ※彼の過去だけ、ダークな描写があります。 ■画像は、イトノコさまの作品です。 https://www.pixiv.net/artworks/85809405

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

あばらやカフェの魔法使い

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

処理中です...