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第三章
式神というのはね、
しおりを挟む「そう、式神。術者が使役するあやかしのことなんだけど、絢永くんから聞いてないかな」
栗丘の手を離れ、目の前のテーブルに飛び移ったキュー太郎は、御影の声でそう尋ねてくる。
「式神……。いや、うーん……」
言われてみれば、そんなワードをどこかで耳にしたような気がしなくもない。とはいえ、しっかりと説明を受けた覚えもない。
「式神の作り方はけっこう簡単でね。対象となるあやかしの体に、霊力を込めた術者の血を一定量注ぎ込めばそれで完成する。そうすればあとは術者の思い通りにその式神を操ることができるんだよ」
「血を注ぎ込む……ってことは、キュー太郎の体には御影さんの血が混ざってるってことですか?」
若干むごい話だな、と思いつつ栗丘が確認すると、
「混ざってるというか、彼女の体には私の血しか入っていないよ。式神は死んだあやかしを媒介とするから、もともと入っていた血は抜いてあるんだ」
「…………え」
死んだあやかし、という言葉に栗丘は違和感を覚えた。
「死んだ……って、キュー太郎がですか? なに言ってるんですか。こいつ、いつも元気に走り回ってるのに」
「それは私がそういう風に操って動かしているからだよ。イメージ的にはゾンビとか、キョンシーみたいなものだと思ってくれればいい」
御影が淡々と述べたその説明に、栗丘は今度こそ顔色を変えた。
「キュー太郎が、死んでいる?」
そんな馬鹿な、と否定しようとしたところで、それよりも早くキュー太郎が「キュッ!」と可愛らしい声で鳴く。
まるで栗丘の口にした『死』を肯定するかのように鳴いたそれは、御影が操っているだけで、実際にはすでに死んでいるのかもしれない——そう認識した瞬間、栗丘は得も言われぬ不気味さにゾッとした。
「う、嘘でしょう? だって御影さん、キュー太郎は俺に懐いてるって言ってたじゃないですか」
「あの時は君に警戒されないように、そういう言い方をしただけさ。最初から君を監視することが目的だなんて伝えていたら、君はこの子を手元に置いてくれなかっただろう?」
「監視? ……って、なんですかそれ。どういうことですか。なんでそんなことをする必要があるんですか!?」
思いもよらぬ言葉を次々と浴びせられて、栗丘も思わず声を荒げる。
「まあまあ、落ち着いて。私が君を監視していたのは、君のことが心配だったからだよ。うちの部署に引き入れたはいいものの、あやかしに襲われてすぐに死んでしまっては元も子もない。だから何かあった時の保険として、君の懐にこの子を忍ばせておいたんだ。実際、先日の『手長』の一件では危ないところを助けてあげられただろう?」
「それは、そう、だけど……!」
そういう問題じゃない。
栗丘は今までキュー太郎のことを『生きたあやかし』として認識し、半ばペットのように可愛がってきた。
胸ポケットから顔を出して鳴く仕草や、こちらに体をくっつけて安心したように眠る姿の、その一つ一つに愛おしさを覚えた。
それがまさか、すべて御影によって創られた紛い物だったなんて。
「式神は便利だよ。こうして離れた場所の様子を探ることもできれば、会話もできるし、いざとなれば応戦もできる。栗丘くんも、気が向いたら練習してみるといいよ。実際に使役してみればあとは感覚で覚えられると思うから」
まるでこちらの胸中を想像もしていないかのように淡々と語る御影の様子に、栗丘はかつてマツリカが言っていたことを思い出した。
——あんたさぁ、ミカゲに良いように使われてるよ。
彼女は、御影はどんな汚い手でも使う人間だと言っていた。
あの時はただの軽口だと思って聞き流していたが、今となっては、彼女の言葉が全て真実だったように思えてくる。
こちらを監視するために、死んだあやかしを操って、あまつさえ愛着を持たせるような真似をするなんて。まるで人の心があるとは思えない。
(俺は、この人のことを信じていいのか?)
もはやどこまでが嘘なのかもわからない。
今こうして話している式神のことだって、そのまま鵜呑みにしていいのかどうかもわからない。
こんな状態で、自分はこの先もこの男の下で働き続けなければならないのだろうか。
「あっ、そうだ。良い機会だから、ついでにあの話もしておこうかな」
相変わらずの飄々とした声で、彼はそう思い出したように言った。
「あの話?」
「君の父親の話さ。前から聞きたがっていただろう?」
まさかのタイミングで切り出されて、栗丘は面食らった。
「い、今ですか? しかも『ついで』って」
御影のことを信用できなくなった今、このタイミングでそんな大事な話をされても正直困る。
しかしそんな栗丘には構わず、御影の操るキュー太郎は辺りをぐるりと見渡して、
「見たところ、君の家には盗聴器やらそういった類もないようだし、丁度いい」
「いや、俺は丁度よくなんかないんですけど」
すかさず断ろうとした栗丘の声を遮るように、
「あまり時間も残っていないからね。今のうちに話しておこうと思う」
そう言った御影の声は、先ほどよりもわずかに語気が強く感じられた。
「時間がないって、どういうことですか?」
すでに時刻は真夜中を過ぎている。
明日も仕事だし、就寝時間のことを気にしているのかと栗丘は考えたが、
「今年の大晦日がリミットなんだ」
と、御影は唐突にそんなことを言い出した。
「大晦日? って、あと一ヶ月ちょっとですけど……。それが何か?」
「大晦日は、絢永くんの誕生日。そして、絢永元首相があやかしに殺された日でもある」
先ほど絢永の話していた内容を、御影はオブラートに包むこともなく口にする。
そのあまりの配慮のなさに、栗丘は思わず顔を顰める。
「元首相が殺されたのは、今から十年前の大晦日の夜だった。そして、そこからさらに十年前……——今から二十年前の大晦日の夜には、何があったか覚えているかい?」
聞かれて、栗丘は一瞬だけ言い淀んでから、
「……忘れるわけないでしょう」
掠れそうになる声を振り絞り、答える。
「二十年前の大晦日は、俺の両親が殺された日です」
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