7 / 51
第一章
張り込み中は静かにしてください
しおりを挟む◯
栗丘がしぶとくついて行くと、やがて絢永は細い通りの角で止まった。
眼鏡の奥に光る視線の先を追うと、そこには一軒の店が見える。古びた看板にはでかでかと『斉藤商店』の文字があった。
「そうか。斉藤さんの店か!」
なるほど! と栗丘は大声を上げて納得した。
「しっ。大きな声を出さないでください!」
心底腹立たしげに、絢永は小声で注意する。
そのまま彼は街路樹の陰に隠れるようにして、息を殺して店の方を眺めていた。
「もしかして、今からここで張り込むつもりか? 勤務時間外なのによくやるなぁ」
感心半分、呆れ半分といった顔で栗丘が唸ると、
「あなたね。いま自分の置かれている状況をちゃんと理解してます?」
絢永はちらりと疑わしげな一瞥をくれてから、再び店の方へと目を戻す。
「わかってるよ。斉藤さんの問題を解決しないと、あの御影って人から情報はもらえないって話だろ?」
それがどうかしたのか? と栗丘が迷いなく聞くと、「簡単に言ってくれる……」と絢永は今度こそ目頭を押さえて栗丘を睨んだ。
「あのね。御影さんは警視長の人間なんですよ。警視長! 普通はこんな機会を与えてもらえること自体滅多にない……というか、まず有り得ないんですよ。めちゃくちゃ貴重なんですよ。なのに、もしあなたが今回の件でしくじったら、せっかく御影さんが用意してくれたこのチャンスを棒に振るんですよ。その重大さって理解できてます?」
「なんだよお前。やけに御影さんのことが好きなんだな」
まるで見当違いの反応を見せる栗丘に、はあぁ……とまたもや深い溜息を吐く絢永。
「彼は、僕にとっての恩人です。でも、それを抜きにしたって、彼の仕事ぶりを見ていればまず頭が上がりません」
「仕事ぶり? あの飄々とした感じでそんなこと言われても、あんまりピンと来ねーなぁ」
「まあ、ノンキャリアで出世欲もない能天気なあなたには、一生わからないでしょうね」
「な、なんだとぉ!? もっぺん言ってみろ!」
「あなたのようなノンキャリアで出世欲もない能天気な人には一生わからないでしょうね」
「……ほ、本当にもう一回言うやつがあるかぁ!!」
栗丘が半ば叫ぶように言うと、ちょうど店先に出てきた件の男——斉藤が、こちらの声に気づいたのか不思議そうに辺りを見渡した。
「隠れて!」
咄嗟に絢永が手を伸ばし、栗丘の体を木陰へと強引に引き入れる。
小柄な体はいとも簡単に絢永の胸へすっぽりと収まり、そのまま口元まで塞がれた栗丘は呼吸をすることさえままならなかった。
「……気のせいか」
やがてぽつりとそう呟いた斉藤は、とぼとぼと店の奥へ戻っていく。
その姿を見届けて、絢永はやっとのことで栗丘を解放した。
「危なかった……。危うく見つかるところでしたよ」
「ぶっは! ……てめっ、鼻まで押さえんな! 窒息するだろ!」
はあはあと肩で息をしながら栗丘は訴えるが、当の本人はつーんとしたまま店の方を無言で見張っていた。
と、そこで栗丘ははたと気づく。
「そういやお前、なんで今回の件にそこまで乗り気なんだ?」
「はあ? そんなの、早く事件を解決したいからに決まっているでしょう」
「でもさ、今回の件を無事に解決できたら、俺はその……特例対策……ナントカって部署に入ることになるんだろ? お前は嫌じゃないのか?」
「嫌に決まってるでしょ。元よりあなたと二人で事件を解決する気はありません。僕が一人で片付けて、あなたにはとっとと戦力外通告で消えてもらいます」
「またまたぁ。本当はそのナントカって部署に俺にも入ってほしいんだろ? それでお前もそんなに張り切ってるんだろ」
ほれほれ、と嬉しそうに肘を押し付けてくる栗丘に、絢永は死んだ魚のような目を向ける。
「どこまでおめでたい頭をしてるんですか、あなたは」
「照れんなって。お前がその気なら、俺もそろそろ本気を見せなきゃな。てことで、ここは俺に任せとけ!」
言うなり、栗丘は威勢よく木陰を飛び出すと、そのまま店の方へすたすたと歩いていく。
「ちょっ、ちょっと! 一体どうするつもりですか!?」
「どうするって、直接本人と話すんだよ。その方が手っ取り早いだろ? そんな所で隠れて見てたって、あと何日かかるかわからないじゃないか」
「勝手なことしないでくださいよ! ……あーもうっ!」
絢永の制止も聞かず、栗丘はどんどん店に近づいていく。
やがて再び店先に現れた斉藤が栗丘に気づくまで、それほど時間はかからなかった。
18
あなたにおすすめの小説
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
あばらやカフェの魔法使い
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
ある雨の日、幼馴染とケンカをした女子高生・絵馬(えま)は、ひとり泣いていたところを美しい青年に助けられる。暗い森の奥でボロボロのカフェを営んでいるという彼の正体は、実は魔法使いだった。彼の魔法と優しさに助けられ、少しずつ元気を取り戻していく絵馬。しかし、魔法の力を使うには代償が必要で……?ほんのり切ない現代ファンタジー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
オヤジ栽培〜癒しのオヤジを咲かせましょう〜
草加奈呼
キャラ文芸
会社員である草木好子《くさきよしこ》は、
毎日多忙な日々を送り心身ともに疲れきっていた。
ある日、仕事帰りに着物姿の女性に出会い、花の種をもらう。
「植物にはリラックス効果があるの」そう言われて花の種を育ててみると……
生えてきたのは植物ではなく、人間!?
咲くのは、なぜか皆〝オヤジ〟ばかり。
人型植物と人間が交差する日常の中で描かれる、
家族、別れ、再生。
ほんのり不思議で、少しだけ怖く、
それでも最後には、どこかあたたかい。
人型植物《オヤジ》たちが咲かせる群像劇(オムニバス)形式の物語。
あなたは、どんな花《オヤジ》を咲かせますか?
またいいオヤジが思いついたらどんどん増やしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる