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第一章
聞きたいことは山ほど
しおりを挟むまあここで立ち話も何だし……と、御影はどこか落ち着ける場所で話さないかと提案する。
「せっかくだから、栗丘くんの歓迎会も兼ねてどこかに食べに行こうよ。あやかしの性質や退治の方法、それから部署の方針についても色々と説明しておきたいしね」
「えっ、今からですか?」
栗丘はギクッとして腕時計を見る。
「何です、センパイ。まさかとは思いますが、警視長である御影さんのお誘いを断るつもりですか?」
隣から絢永が圧をかけてくる。こういう場合、部下は上司の意向に従うべきなのかもしれない。
しかし栗丘には、どうしても断らねばならない理由があった。
「すみません。俺、病院に行かないといけないんです」
「病院? どこか具合でも悪いのかい」
「いや、俺じゃなくて。身内のお見舞いです。面会時間が午後八時までなんです」
そのやり取りを隣で眺めていた絢永は、はぁ、と溜息を吐いて栗丘を睨む。
「どうしても今日じゃないといけないんですか? お見舞いなんて、別に明日でもいいでしょう。明日はあなた休みなんですから。御影さんはあなたと違って暇じゃないんですよ」
「俺、毎日お見舞いに行ってるんです。仕事の都合で間に合わない日もあるけど。でも、行ける日はできるだけ行きたくて」
必死に訴えかけてくる栗丘を見て、御影はうーんと唸りながら夜空を見上げた後、やがて腕時計を確認した。時刻は午後七時前である。
「ま、それじゃあ仕方がないね。歓迎会はまた日を改めてからにしよう」
「御影さん!」
栗丘は嬉しそうに、絢永は不服そうに同時にその名を呼ぶ。
「ほら、早く行っておいで。もともと今日は退勤時間も過ぎてたしね。無理を言って悪かったよ」
「ありがとうございます。それじゃ、お先に失礼します!」
栗丘は潔く敬礼すると、そのまま駅に向かって駆け出した。
後方からは「御影さん、甘やかしすぎですよ」という絢永の棘のある声が聞こえてくる。
まあいいじゃないか、と宥める御影は理解ある上司だな、と栗丘は思った。
「というわけで絢永くん、適当にお店を予約しといてくれる? 人数はとりあえず四人で……」
最後の方はあまり聞こえなかった。
けれど、『四人』という言葉が確かに聞こえて、栗丘は走りながら疑問に思う。
(特例ナントカって部署には、もう一人誰かいるのか?)
◯
「ばあちゃん! 遅くなってごめん!」
ガラリと病室の扉を開けるやいなや、栗丘は叫んだ。
「ああ、おかえり『瑛太』。あんまり遅いから、またどこかで羽目を外してるんじゃないかと思ったよ」
白い清潔なベッドの上には、病衣姿で腰掛けている祖母の姿があった。
ここに入院してからというもの、毛染めを怠った髪は真っ白になり、もともと細身だった体はさらに痩せこけたように見える。
「ばあちゃん。俺は瑛太じゃなくてみつきだって。孫のみつき。わかんない?」
言いながら、栗丘が祖母の隣に腰を下ろすと、祖母は「ふふふ」と愉快そうに笑って言う。
「また冗談ばかり言って、この子は。私はまだそんな年じゃありませんよ」
祖母は認知症である。
七年前に脳梗塞で倒れたのをきっかけに、急激な記憶力の低下が始まった。
当時はまだ高校生だった栗丘が、大学進学を諦めて警察官になることを決めたのもその頃である。
「ご飯はどこかで食べてきたの? もしお腹が空いてるなら、すぐに支度するわよ」
「いいから座ってなって。そんなに世話を焼こうとしなくても大丈夫だよ。俺ももう立派な大人なんだから」
「あらあら、背伸びしちゃって」
小柄で童顔である栗丘の姿は、今は亡き父・栗丘瑛太の中学時代の姿に生き写しだった。
そのため、祖母は栗丘のことを自分の息子と勘違いしたまま、孫の存在を完全に忘れてしまっているのである。
「あら。どうしたの、その首元。痣ができてるわよ」
指摘されて初めて、栗丘は病室の窓に映る己の姿に目を向けた。
うっすらと、首元に何かの跡が残っている。おそらくは先ほど斉藤に首を絞められた痕だろう。
「体は大事にしなきゃだめよ。あなたにはこれからもっともっと大きくなって、私にラクをさせるっていう義務があるんだからね」
祖母はそう言って、茶目っ気のある笑みを浮かべながら柔和な瞳を栗丘に向ける。
その笑顔は孫に向けられたものではなく、あくまでも彼女の息子である『瑛太』に向けられたものだった。
息子と孫、かつてそれぞれに向けられていた彼女の笑顔は、どちらも大切な家族を慈しむものであったことに変わりはない。
だが、だからといってその二つが全く同じものであるとは言えない。
彼女が正しい記憶を取り戻さない限り、栗丘は本来の自分に向けられるはずだった本物の笑顔を見ることは叶わないのだ。
そのまま黙り込んでしまった栗丘に、「瑛太、聞いてるの?」と祖母が追い討ちをかけてくる。
医学は日々進歩している。
自分が出世して、たくさん金を稼いで、最先端の治療を受けさせることができれば、いつかはまた、祖母の本当の笑顔を手に入れられる日が来るかもしれない。
だから、それまでは。
「うん。ちゃんと聞いてるよ、『母さん』」
栗丘みつきは、己の父である『栗丘瑛太』のフリをする。
自分が幼い頃に死んでしまった父。
彼の身に一体何があったのか、その答えを、あの御影という男は知っているかもしれない。
「俺、がんばるからね」
祖母であり、母でもある彼女にそう約束する。
これからあやかし退治の危険な捜査に加わるつもりだなんて言ったら、彼女は心配するだろう。
だが、幸い彼女にはあやかしは見えない。
そもそも栗丘の周りにあやかしが見える人間なんて今まで一人もいなかった。だからきっと、余計な心配をかけることもないだろう。
やがて面会時間の終わりが近づき、栗丘はゆっくりとベッドから立ち上がった。
その拍子に、それまで胸ポケットで眠っていたらしいあの白い小動物がぴょこんと顔を出す。
「あら! どうしたの、その子。小さくて可愛いわねえ」
「えっ?」
祖母の反応に、栗丘は固まった。
「え、え? 母さん、こいつのこと見えるの?」
「なに当たり前のこと言ってるのよ。見えるに決まってるでしょう? うちの家系は、昔からみーんな見えるんだから」
今まで生きてきた二十三年間、栗丘が知らなかった事実をさらりと言ってのける祖母。
思えば認知症が始まってからは入院してばかりだったので、こうして二人一緒にいる時にあやかしを目の前にする機会はなかった。
(ってことは、まさか)
祖母の記憶が正常だった頃は、わざとその事実を隠していた可能性がある。
「栗丘さーん。そろそろ面会時間を過ぎましたので」
顔馴染みの看護師が、申し訳なさそうにタイムリミットを告げに来る。
祖母から聞き出さねばならないことが山ほどある。
栗丘は胸の早鐘を聞きながら、後ろ髪を引かれる思いで病室を後にした。
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