あやかし警察おとり捜査課

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第二章

あやかしというのはね、

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 その後もしばらくは三人でギャーギャーとやっていたが、やがて御影が改めて少女の紹介を始めると、その場はやっと静かになった。

 彼女の名前はマツリカ……ではなく、本名はたちばな茉莉まつりというらしい。
 だが、

「その名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ。あたしは『マツリカ』! 次また『茉莉』って呼んだらブッ飛ばすから!」

「とまあ、ちょっと気の強い子だけど仲良くしてやってね」

 そう御影が説明している間にも、少女は御影の腕をつねったりして不機嫌さを露わにしている。

 名前の拘りはよくわからないが、きっとそのうち明らかになるだろう。
 それよりも——と栗丘は当初から気になっていたことを口にする。

「あの、この子ってまだ未成年ですよね? こんな時間に飲み会なんかに誘って大丈夫なんですか? 親御さんが心配したりとか」

「ああ、それなら心配はいらないよ。彼女は私の娘だからね」

 さらりと投下された爆弾発言に、栗丘は「はっ?」と間の抜けた声を出す。
 一瞬だけ凍りついたその場の空気をぶち壊したのは、他でもないマツリカだった。

「ちっっが——う!! まだ養子縁組はしてないから! こいつはただの後見人!」

「あっはっはっは。残念。なかなか認めてくれないんだよねえ」

 御影の説明によると、どうやらマツリカは過去に御影が捜査に当たっていた事件で両親を亡くしたらしい。
 他に身寄りはなく、数年前までは児童養護施設に預けられていたというが、そのあまりの素行の悪さに施設側が音を上げてしまったようだ。

「施設の人たちに泣きつかれてね。何かと面識のあった私が引き取ることにしたんだよ。未成年者後見人という形でね」

「あたしは納得してないんですけど」

「そんな冷たいこと言わないでよ。あっ、ちなみに彼女も『見える側』の人間だから。我々にとっては貴重な戦力となるんだよ。ね、絢永くん?」

「ノーコメントです」

 絢永の素っ気ない反応を見る限り、この少女が警察にとってプラスになるような人材だとは思えない。
 それでも御影が彼女を手元に置いているのは、あやかしが見える人間がそれだけ貴重だからなのか、あるいはただ単に彼女を気に入っているからなのか、栗丘にはわからなかった。

 そうこうしている内に、座卓の上には前菜が運ばれてきた。
 どうやら会席料理のようで、普段はこういった食事と縁のない栗丘は目を輝かせる。

「ここの料理は美味しいよ。栗丘くんもきっと気に入ってくれると思う」

 さあ召し上がれ、と促す御影は自信たっぷりだった。
 その予告通り、栗丘は一口目を頬張ったそばから「うっま!」と歓喜の声を上げる。

(ああ。ばあちゃんにも食べさせてやりたいなぁ)

 脳裏に浮かぶのは病床に伏せる祖母の姿。いつか元気になって退院したら、この店に連れて来てやりたいなと思いを馳せる。

「それで、あやかしについてだけどね」

 そんな御影の声で、栗丘は一気に現実へと引き戻された。

「あっ。は、はい!」

「この前の事件……えっと、斉藤さんだっけ。彼は鬼のあやかしに憑かれていたよね」

「はい。鬼に操られて暴走して、周囲の人たちに危害を加えていました」

 当時のことはまだ記憶に新しい。
 栗丘が彼の店に入ってすぐ、鬼は正体を現した。
 そこへ外で待機していた絢永が乗り込み、無事にあやかしを退治するに至ったのだ。

「そうだね。斉藤さんはあやかしのせいで暴走した。それは確かに正しい。けれど、『鬼に操られた』という言い方はちょっと違うかな」

「えっ?」

 どういう意味ですか、と聞き返す栗丘の脇から、マツリカが箸を伸ばして彼の前菜を横取りした。
 すぐに気づいた栗丘は威嚇したが、盗られたモノはすでにマツリカの口内で咀嚼されてしまっていた。
 御影は構わずに続ける。

「あやかしというのはね、取り憑いた人間の全てを支配できるわけじゃないんだよ。彼らはあくまでも体を借りているだけ。完全に意識を乗っ取れるわけじゃない。実際、あの斉藤という男性だって、君を殺そうとした時のことはちゃんと覚えていただろう?」

 言われて、そういえば、と栗丘は思い出す。
 あの時、鬼の支配から逃れて正気に戻った斉藤は、直前までのことを確かに覚えていた。

「あやかしは取り憑いた人間を意のままに操れるわけじゃない。ただほんの少し、その人の深層心理に働きかけるんだ。その人が普段は理性で抑えつけているモノ、心の奥底に眠る本性を、ほんの少しだけ増幅させて解放してあげるんだよ」

 斉藤の深層心理。
 普段は見せることのない、心の奥底に眠るもの。

 ——私は、なんということを……。もう少しで、あなたのことを殺してしまうところでした。

「それってつまり……」

 ごくり、と栗丘は唾を飲む。
 御影はうんうんと軽快に頷く。

「あの斉藤という男性は、愛する妻を通り魔に殺されて、世間や我々警察にも少なからず恨みを抱いていたはずだからね。きっと心のどこかでは、我々を本気で殺してやりたいと思っていたんだよ。その深層心理はあの鬼にとって利用価値のあるものだったというわけさ」

 栗丘の首に手をかけ、命を奪おうとしたあの行為。それは他でもない本人の意思によるものだったという事実を突きつけられて、栗丘は言葉を失った。

「まっ、普段は理性で抑えられてるみたいだからね。今回のようにあやかしに憑かれでもしない限りは放っておいても大丈夫だよ。気にしない、気にしない」

 相変わらず飄々とした御影の声だけが、静かな部屋の中に響いていた。
 
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