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第三章
十年前の暗殺事件
しおりを挟む「その場に……って、えっ。お前、あの事件の被害者なのか!?」
かつて日本中を震撼させた、現職の総理大臣を狙った暗殺事件。
当時の栗丘は中学二年生であり、絢永はその一つ下の学年に当たるので、事件に巻き込まれた当時はまだ中学一年生だったことになる。
「あれは十年前の大晦日で……首相の孫の誕生日パーティーが開かれていたんです。近親者の他にも、多くの政治家たちが集まっていました」
「その集まりの中にいたのか? ってことはお前、すげー良い家柄の子どもだったんだな」
確かに普段の振る舞いや仕草から、育ちが良いということは栗丘も察していたが、まさかそこまでのエリート一家の人間であるとは予想していなかった。
「当時の首相の名前を覚えていますか?」
「名前? ええと、確か……『あ』から始まる名前だったような」
昔から政治に興味のなかった栗丘は、歴代の総理大臣の名前もうろ覚えである。
うんうん唸っても一向に答えが出てこないので、やがて痺れを切らした絢永が自らその名を口にする。
「『絢永』です」
「え」
いきなり自己紹介か? と首を傾げて察しの悪い栗丘に、絢永は改めて言い直す。
「絢永源一郎、元総理大臣です。ご存知ないですか?」
「絢永?」
巷ではあまり聞かない、珍しい苗字。
さすがの栗丘でも、それがただの偶然の一致でないことには察しがつく。
「絢永って、もしかして、お前……」
やっと理解したらしい先輩警官の反応を見届けてから、絢永は再び口を開く。
「あのとき殺された首相は、僕の祖父です。僕はあの日からずっと、家族を皆殺しにしたあやかしを捜しているんです」
◯
夜も更け、日付が変わる頃になると、絢永は寮に帰っていった。
よければうちに泊まっていかないか、と栗丘は提案したが、翌日も仕事だからと絢永はその申し出を断った。
「遅くまでお邪魔してすみませんでした。また明日、よろしくお願いします」
いつもの別れの挨拶は、やけに元気がないように見えた。
どこか寂しげな後輩の、遠くなっていくその背中を見送ってから、家の中に戻った栗丘はひっそりと胸元のポケットに問いかける。
「なあキュー太郎。俺、あいつにあんな質問をして良かったのかな」
「キュ?」
栗丘の声に反応して、ポケットの中からは白いもふもふの小動物が顔を出す。
「あやかしのことで何か抱えてるのかって。あんまり深く考えずに質問したけど、まさかあんな大事な話をされるなんて思ってなくてさ。あいつ、本当は俺に話すつもりなんてなかったんじゃないかな。なんていうか、変なところで真面目な奴だし……俺が質問したから、無理に答えようとしたんじゃないかって」
過去のことを話している時の絢永は、ずっと暗い顔をしていた。
時折、その胸に物理的な痛みを伴ったかのように顔を顰めることもあり、辛い出来事を思い出させてしまっている、ということに栗丘は罪悪感を拭えなかった。
「別に、栗丘くんが気に病む必要はないんじゃないかな。絢永くんは意思表示をはっきりする子だし、話したくないことは話さないと思うよ。だから大丈夫。気にしない、気にしない」
と、いきなりそんな声がどこからともなく聞こえてきて、栗丘は全身を固まらせた。
「…………え?」
周りには誰もいない。
目の前にいるのは白いふわふわの小動物だけで、人間の言葉を発せるような存在は今はどこにもいない、はずである。
「だ、誰かいるのかっ!?」
声は低く、成人男性のようだった。
栗丘が慌てて辺りを見回していると、ふふっと愉快そうに笑う声が再び聞こえてくる。
「こっちだよ、こっち。君のすぐ目の前さ」
言われて、栗丘は再び目の前のふわふわに視線を落とす。
胸ポケットから顔だけを出し、円らな瞳でこちらを見上げるその小さな獣は、小首を傾げて口をもごもごとさせる。
「そう。私だよ。びっくりしたかい?」
いつもは「キュッ」と可愛らしい声で鳴くキュー太郎が、今、なぜか成人男性の声で人語を話している。
「おっ……おわああぁ————っ!?」
半ばパニックになった栗丘に、キュー太郎は変わらない調子で語り続ける。
「あっはっは。大丈夫だよ、落ち着いて」
「キュー太郎の声がおっさんになってる!!!」
そこから約五分ほど騒いだ後、栗丘はやっとのことで少しずつ冷静さを取り戻していった。
「そ、その声、まさか御影さんっ!?」
改めてキュー太郎の発している声に集中してみると、それはどう聞いても御影の声だった。
「ピンポーン。正解! びっくりさせて悪かったね。というか、そろそろ私の存在にも気づいてくれてる頃かと思ってたんだけど、私の見解が甘かったのかな」
「ど、どういうことか説明してください! なんでキュー太郎が御影さんの声で喋ってるんですか!?」
「まあまあ、一旦深呼吸して。ほら、吸ってー。吐いてー」
御影の声に合わせて深呼吸すると、やがて栗丘は完全に落ち着いた。
そのまま御影に促され、キュー太郎を連れてリビングのソファへと移動する。
「そろそろいいかな。それじゃ、説明するね。いま目の前にいる白いふわふわ……キュー太郎くんは、私の式神なんだよ」
「しきがみ?」
聞き慣れないワードに、栗丘はソファに座ったままオウム返しで首を傾げる。
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