あやかし警察おとり捜査課

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第三章

絢永呂佳という人間は

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          ◯


「ごめんな、絢永。うちのばあちゃん、お前のこと全然覚えられなくて。昔のことはよく覚えてるんだけどなぁ」

「いえ。お会いする度に僕のことを褒めてくれるので、嬉しいですよ」

 祖母の見舞いと買い出しを済ませた二人は栗丘の自宅にたどり着くと、いつものようにリビングの方へと向かう。
 もともと祖母と二人で暮らしていたその古い木造一軒家は、祖母が入院してからというもの、栗丘一人で過ごすには少々広すぎる場所だった。

 買ってきた弁当をレンジで温めている間に、絢永はスーツの上着を脱いでネクタイを緩める。
 まるで自分の家で寛ぐかのようにリラックスしているその様子を見て、栗丘はくすりと笑った。

「なんです? 何かおかしいですか」

「いや。なんか、この家にもずいぶん馴染んでくれたみたいだなーと思って」

 それを耳にした途端、絢永はハッとした顔で慌ててネクタイを元通りに締め直す。

「す、すみません。馴れ馴れしかったですよね」

「えっ? いやいや。違う、そういう意味で言ったんじゃないって!」

 続けてスーツの上着にも袖を通そうとする絢永を、栗丘は慌てて引き止める。

「そうじゃなくてさ。俺、嬉しいんだって。お前がそうやって俺の家で寛いでくれたらさ。なんていうか、安心してくれてるのかなーと思って嬉しいんだよ。だからそんな変に気を遣ったりするなよ。そうやって壁を作られる方が俺は寂しいからさ」

「そう、ですか?」

 栗丘に促されるまま、不安げにソファに腰を下ろす絢永。
 まるで世間知らずの子どもみたいな顔をする彼に、栗丘はまたしても笑みを溢してしまう。

 出会った当初は取り付く島もないほどの無愛想だったのに、今ではこの変わりよう。もしかすると、一度でも心を許した相手には絶大なる信頼を寄せるタイプなのかもしれない。

(こいつ、変な奴に引っ掛かったら一発で人生狂わされるんじゃないか?)

 内心そんな心配をしていると、

「何です? 何か失礼なことを考えていませんか?」

 と、まるで胸中を見透かされたように問い詰められて、栗丘は慌てて首を横に振った。

「何でもないって。あっ、そろそろ弁当も温まったんじゃないか? ほら、早く食べようぜ!」

 なんとかその場を誤魔化してレンジの方へと走る。まあいいですけど、と苦笑する声が背後から聞こえて、ひとまずホッとする。

「そういやさあ、最近マツリカは元気にしてるのかな。御影さんから何か聞いてないか?」

 食器棚からマグカップを二つ取り出しながら、栗丘は何気なく尋ねる。

 先日の『手長』の一件以来、彼女とは連絡が取れていない。こちらからSNSで何度かメッセージを送ってみたものの、毎回スルーされているのだ。

「元気にはしていると思いますよ。先日の一件についてはだんまりのようですが」

 どうやら絢永も詳しくは聞いていないらしい。というより、マツリカ自身が何も語ろうとしないので情報がないようだ。

「きっと、また『門』を探しているのでしょう。夜分に家を抜け出すのは相変わらずのようですから」

 『手長』の一件があったあの日、彼女は『あっちの世界へ行きたい』と言っていた。

 ——あたしはただ、『門』の向こう側へ行けたらそれでいいの。

 あやかしが住むという『あっち』の世界、幽世かくりよと、人間が住む『こっち』の世界、現世うつしよ
 その二つを繋ぐ境界が『門』なのだという。

「なんでそんなに門の向こう側が気になるんだろうな。あやかしが住む世界ってことは、人間にとっては危険な場所ってことだろ?」

「あやかしが生まれる場所……と、御影さんは言っていましたが。それ以上のことは何もわかりませんね。何せ、あちらの世界に行って戻ってきた人間は一人もいないわけですから」

「ますますわからないな。そんな場所に行って、マツリカはどうしようっていうんだ? 行ったところで、あやかしに取って喰われるだけじゃないのか」

「マツリカさんにはマツリカさんの事情があるんでしょう。あなたがご両親のことで真実を追い求めるのと同じように」

 そう口にした絢永の瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
 まるで何かを思案するようなその様子に、栗丘は思わず尋ねる。

「お前も、あやかしのことで何かを抱えているのか?」

 ここ数日のやり取りで、絢永のプロフィールは少しずつ明らかになっていた。
 しかしその内容は、身長が一八七センチであるだとか、意外と甘いものが好きだとか、誕生日が実は大晦日だとか、そういった他愛のないものばかりで、彼の人格や生き方を形成するような重要な部分はまだ聞き出せていない。

 あやかし退治という危険な任務にわざわざついているのも、彼にとって何かそれなりの事情があるのかもしれない。

「……十年前に、テロ事件で亡くなった総理大臣がいたでしょう」

 わずかに声のトーンを落として絢永が言った。

「十年前? ああ。あれはすごいニュースだったよな。当時は俺もまだ中学生だったけど、あの時は学校でもあの事件の話題で持ち切りだったよ」

 十年前、当時の首相とその家族が、テロリストによって惨殺された。その場に居合わせた政治家も複数人が犠牲となり、その日のことは未曾有の大事件として歴史に刻まれることとなった。

「テロリストによる犯行……と、表向きにはなっていますが。実際は、あれもあやかしの仕業です。世間への説明が難しいため、テロが起こったことになっているだけです」

「えっ、そうなのか!? でも、そんな情報どこから……」

 おそらくは国家機密に値するであろう情報をさらりと口にする絢永に、栗丘はひっくり返りそうになる。
 しかし、絢永が次に放った言葉に、栗丘はさらに度肝を抜かれた。

「この情報に間違いはありません。事件発生当時は、僕もその場にいましたから」
 
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