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第三章
家族への思い
しおりを挟む「……気楽だと? ふざけるな」
銃を構えたままの両手が、小刻みに震える。
「僕がどんな思いでここまで来たか、何も知らないお前にわかるはずがないだろう!」
珍しく張り上げた声が、部屋中に反響する。
「おいおい。急にどうしたんだよ。もしかして図星か? お偉いさん一家は不正の温床ってか」
「黙れ! 僕の家族を侮辱するな。不正なんか働いていない。僕は地道に勉強して、国家試験も受けたんだ。本当は一秒でも早く捜査に加わりたくて、大学を出ない選択肢も考えた……でも! 組織の中で少しでも上にのし上がれば、それだけ捜査の中でも自由が利く。そのためだけに、僕は四年も我慢して大学で勉強を続けたんだ!」
いつになく感情的になる絢永。
彼の境遇を知っている栗丘からすれば、何も知らない相手に『気楽』と表現されることへの怒りは察するに余りある。
だが、
「おい、絢永。惑わされるな。そんなあやかしに耳を貸すんじゃない!」
口車に乗せられて平常心を失っては、相手の思う壺だ。
なんとか彼の意識を逸らせようと栗丘は声を届けるが、当の絢永はあきらかに動揺を隠せていない。
そんな彼の隙をついて、藤原の体から、突如として何か細長いものが勢いよく飛び出した。
白い蛇の姿をした、あやかしの本体だった。
縦に大きく開かれた口は二本の鋭い牙を持っており、絢永の左腕へと迷いなく噛みつく。
「うあッ……!」
「絢永!」
短い悲鳴を上げた絢永は、たまらず手にした銃を取り落とす。
だが、すぐさま右手で懐からトドメの銃を取り出すと、左腕に食らいついたままの蛇の頭をゼロ距離から撃ち抜いた。
ドン、と腹の底に響く重低音とともに、蛇の頭が粉々に吹き飛ぶ。
長い胴体も、それに追随するようにして空気中へと溶けていった。
「絢永、大丈夫か!?」
気を失った藤原の体を放り投げ、栗丘は慌てて絢永の元へ駆け寄った。
「大丈夫。かすり傷です。それより、すみません。取り乱しました」
絢永はそう恥じるように言った。
噛まれた箇所からは薄らと血が滲んでいるが、傷自体はそれほど大きいものではなかった。
どちらかといえば物理的に負った怪我よりも、心の傷の方が栗丘は心配になる。
普段は冷静な絢永も、家族のこととなると感情のコントロールが効かなくなることもあるらしい。
それほどまでに、十年前の事件は彼の人生において大きな影を残しているのだ。
「本当に大丈夫か? その……ごめんな。こいつ藤原っていうんだけどさ、いつもああいう生意気なことばっかり言うんだよ。お前のことも多分、年下のくせにキャリア組だからって僻んでただけで」
「あなたが謝ることじゃないでしょう。それに、先程は僕もどうかしていました。たとえ誰に何を言われたって、僕は僕のやるべきことをやるだけですから」
絢永のやるべきこと。
家族を皆殺しにした犯人を捜し出して、仇を討つこと。
それはつまり、栗丘の父親をその手で殺すことを意味している。
(俺の父さんも、いずれはこんな風に殺されるのか……)
絢永か御影か、あるいは栗丘自身の手によって、栗丘瑛太は始末される。
「なあ、絢永」
「何です?」
過去は変えられない。
十年前に父親が犯した罪も、その家族が背負うことになる業も。
なかったことにはできないとわかっている。
それでも。
「人間とあやかしってさ、なんとかして一緒に生きていくことはできないのかな」
つい気の迷いで、栗丘はそんなことを口にしてしまった。
「何の冗談です?」
栗丘の言葉を耳にした途端、絢永の顔からすっと表情が消えた。
まるで何の感情も伴っていないかのような冷たい声に、栗丘はハッと我に返る。
「人間とあやかしが、共存でもするっていうんですか? 一体何を言い出すんですか。無理に決まっているでしょう、そんなの」
嫌悪感を露わにする絢永の反応に、栗丘は頭を冷やす。
「そう、だよな。わかってる。わかってるんだ」
「一体どうしたんですか、センパイ。最近、ずっと変ですよ」
やはりここが潮時だ、と思う。
「絢永。俺はお前に、話さなきゃいけないことがあるんだ」
握った拳に力を入れ、栗丘は自分を奮い立たせる。
だが、
「栗丘くん」
と、不意に胸元のポケットがもぞもぞと動いて、中から白いふわふわの獣が顔を出した。
その様を見た絢永は、「その声、御影さんですか?」と即座に状況を理解する。
「栗丘くん。今は、その話はしない方がいい」
「えっ?」
いきなりの制止を受け、栗丘は困惑した。
そんな二人のやり取りに、絢永は怪訝な視線を向ける。
「何です。僕に隠し事ですか?」
「いずれは絢永くんにも話すつもりだったんだよ。ね、栗丘くん?」
「そ、そうです。そうなんだ、絢永。だから俺、今からそれを話そうと——」
ようやく腹を括り、打ち明けようとする栗丘の口元を、白いふわふわの尻尾が邪魔をする。
「待って。ここにはいずれ人が来るし、場所を変えた方がいい。私も今そちらに向かっているから、せめて合流してからで……」
その言動から、御影はいつになく焦っている様子だった。栗丘と絢永が二人きりでその話をするのは、よほど都合が悪いのだろう。
(俺はまた、この人の言いなりになるのか?)
御影は今回も何かを企んでいるのかもしれない。このままではまた、彼の手のひらの上で踊らされてしまう。
こんな大事な局面で、信用できない男の意のままにされるのは、栗丘は納得がいかなかった。
だから、
「あなたの言うことは、もう聞けません」
上司の指示を蹴り、栗丘は改めて絢永の顔をまっすぐに見上げ、そして言った。
「絢永。お前がずっと捜している、十年前の事件の犯人は——」
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