あやかし警察おとり捜査課

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第三章

あんたは気楽でいいっすよね

 
          ◯


「栗丘センパイ」

 日没後の退勤時間。
 仕事を終え、足早に警視庁舎の正門を出ようとしたところで、栗丘は後ろから追ってきた後輩に捕まった。

「絢永? どうしたんだよ、そんなに慌てて」

 おおよそ見当はついているが、素知らぬ顔をして恐る恐る振り返る。
 すぐ後ろに立っていた絢永は不機嫌さを露わにしており、身長差からくる威圧感もあってまるで巨大な熊のように見えた。

「どうしたじゃないですよ。わかってるでしょう。最近、ずっと僕のことを避けてますよね」

 やっぱりそれか、と栗丘は嫌な汗を流す。

「い、いやー。別に避けてるってわけじゃ」

「ここのところ家にも呼んでくれなくなったし、昼休憩だって僕から逃げるように距離を取りますよね。あからさますぎるんですよ、あなた」

 ぐうの音も出ない。意識的に彼を避けているのは事実である。

「あなたが僕を避けるようになったのは、ちょうど僕が十年前の事件のことを話してからですよね。やっぱり、あれが原因だったんじゃないんですか? 僕が復讐に燃える鬼と化した人間だから……これ以上関わり合いになりたくないと思ったんでしょう」

「そんなわけないだろ!」

 反射的に、声を張り上げる。

 復讐に燃える鬼だなんて、そんな風に思ったことは一度もない。
 彼から家族を奪ったのは栗丘の父親であり、栗丘はそれを伝えるのが怖くて、現実から逃げているだけなのだ。

「誰だって、大事な家族を殺されたら心穏やかにはいられない……俺だってそれぐらいはわかるよ。復讐のことだって、それでお前の悲しみが少しでも晴れるなら、そうするべきだって思ってる」

「なら、どうして」

 そろそろ潮時かもしれない。
 これ以上彼に黙ったままではいられない。

「俺は……——」

 腹を決めて話そうとした、その瞬間。
 冷たい夜風にまぎれて、微かにあの気配が漂ってきた。

「気づきましたか、今の」

 絢永が聞いて、栗丘も「ああ」と同意する。
 あやかしの気配だった。

 方角は後方、警視庁舎の内側。この建物のどこかに、あやかしが存在する。

「急ぐぞ!」

 栗丘の合図で、二人は同時に駆け出した。つい先ほど通ってきた道を戻る形で、気配の出所を目指す。

 やがて辿り着いたのは、二階にある小会議室だった。
 勢いよく扉を開けると、そこに広がった光景に栗丘は目を見開く。

「藤原!?」

 部屋の中央に佇んでいたのは、栗丘の後輩である藤原だった。
 気配の出所はまさにこの男の体であり、どこか虚ろな彼の視線の先には、床に倒れ込んだ別の警察官の姿もある。

「知り合いですか」

 絢永が聞いて、栗丘は頷く。

「交番勤務で一緒だったんだよ。お前も寮で顔を合わせたことぐらいあるんじゃないか?」

「確かに、見覚えはあります」

 藤原は去年就職したばかりの大卒の警察官である。年齢は栗丘と変わらないが、高卒で入った栗丘を『先輩』扱いすることに常に不満を抱いていたのは明らかだった。

「ああ。栗丘センパイじゃないですか。なんか久しぶりっすね」

 藤原は焦点の合わない目をこちらに向けて言った。

「どうしたんだよ、藤原。お前、その人に手を出したのか?」

 床で倒れている男性警官にはまだ息がある。ぱっと見たところ目立った外傷はないが、意識がないことを考えると頭でも打ったのだろうか。

「こいつはあんたの後釜っすよ。ろくに仕事も出来ないくせに偉そうに指し図ばっかりして、ほんと頭にくるんすよね」

 その口ぶりからすると、やはり手を出したのは間違いないらしい。
 藤原はそのまま相手のそばにしゃがみ込むと、気絶したままの相手の胸倉を掴んで無理やり上半身を起こさせる。

「おい、やめろって!」

 さらなる暴行を加えそうなその雰囲気に、栗丘は慌てて駆け寄ると、藤原を後ろから羽交締めにした。
 その間に、絢永は懐から取り出した銃を両手で構える。

「何すか、センパイ。そうやって正義の味方気取りっすか? さすがは警視長さんに引き抜かれただけありますよね。一体どんなコネ使ったのかは知らないっすけど」

「コネって……何言ってるんだよ。お前、何か勘違いしてないか?」

「ああ、そういう白々しいの、もういいっすよ。あんたみたいな落ちこぼれが引き抜きなんて、普通に考えて有り得ないでしょ。何か別の要素がないと不自然っすよ、どう考えても」

 どうやら彼は、自分より劣っている人間が自分より上の立場になることが許せないらしい。そしてその現状を受け入れるためには、現実を歪めて捉えることが必須のようだった。

「あの警視長さんも、どうせ何か別の目的があってあんたを連れてったんでしょ。見た目からして怪しい奴だったし、何かロクでもないことでも企んでたんでしょうね」

 藤原のそれはただの当て付けだったが、実際のところ、御影が栗丘を私的に利用するつもりで引き抜いたのは事実かもしれなかった。

 自分は最初から、御影に良いようにされていただけだったのだ——そう考えると、栗丘の胸には悲しみにも似た悔しさが渦を巻く。

「絢永、早くやってくれ!」

 藤原の動きを封じたまま、栗丘が叫ぶ。
 しかし、

「だめです。まだあやかしは正体を現していません。なんとかして体から引き出さないと」

 あやかしはまだ藤原の体内に潜んだままであり、この状態ではこちらも手の出しようがない。
 銃を構えたまま悩む絢永に、

「『絢永』? ああ、あんたのことも知ってるぞ」

 と、藤原はにたりと不気味な笑みを浮かべて言った。

「あんた、絢永元総理大臣の孫だろ。いいよなぁ、権力のある家に生まれた人間はさぁ。それこそコネの最上級じゃん。自分の爺さんが警察の上に立ってたんだから。特に手柄を挙げなくたって、最初からエリートコースは約束されてたんだろ? 気楽なもんだよなぁ」

 その言葉を耳にした瞬間、絢永の顔色が変わった。
 
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