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第三章
失われていくもの
しおりを挟む現時点でわかっている全てのことを、栗丘は正直に打ち明けた。
絢永の追っているあやかしが大晦日の夜に現れること。
そのあやかしの憑代が栗丘の父親であること。
十年前に絢永の家族を殺したのも、父親である栗丘瑛太であること。
話し終えるまでの間、絢永は栗丘の顔から片時も視線を外さなかった。
「……そんな大事なこと、どうして話してくれなかったんですか」
言い訳する余地はなかった。
絢永の疑問は最もである。
「知ってて今まで黙っていたんですか?」
失望するようなその声に、栗丘は顔を上げることすらできない。本来なら誰よりも先に、絢永にこのことを伝えるべきだったのに。
「あなたさっき、人間とあやかしが一緒に生きることはできないのかと言ってましたよね。あれはつまり……あなたの父親の罪を、僕に見逃してほしいと、そういう意味で言ったんですか?」
聞かれて、背筋が凍りつく。
許してほしいと思ったわけじゃない。
けれど、被害者である絢永からすればそう取られてもおかしくはない失言を、栗丘は口にしてしまったのだ。
「ち、違う! お前が俺の父親のことを許せないのはわかってる! ただ俺はっ……」
慌てて顔を上げた栗丘は、そこに見えた光景に思わず言葉を失った。
「僕の悲しみが少しでも晴れるのなら復讐するべきだと、そう言っていましたよね。あれも嘘だったんですか?」
氷のように冷たい声で言った絢永の手には、黒光りする拳銃が握られていた。
対あやかし用ではない、警察官の大半が所持しているものだ。
その銃口はまっすぐに栗丘を狙っている。
「あなたなら信用できると思ったのに……。残念です」
わずかに声を震わせながら、絢永はその美しい瞳から一筋の涙を流す。
そのとき初めて、栗丘は気づいた。
絢永の体から、つい先ほど倒したはずの、蛇のあやかしの気配が漂っていることに。
「絢永、お前……あやかしに憑かれていたのか!?」
「さようなら、栗丘センパイ」
栗丘が避ける暇もなく、絢永は引き金を引いた。実弾を発射する火薬の轟音が、建物全体に響き渡る。
撃たれた、と思った。
しかし衝撃はない。
代わりに弾丸を受け止めたのは、寸でのところで部屋の入口から飛び込んできた、大きな影だった。
それは撃たれた反動で、栗丘の小さな体へ覆い被さるようにして倒れてくる。
「うわ、わっ」
目の前の巨体を受け止めきれず、栗丘も後ろ向きに倒れる。頭と背中をしたたかに打ち付け、その鈍い痛みに耐えながら、改めて状況を確認する。
栗丘の胸に顔を埋めるようにして倒れていたのは、和装の男性だった。
その顔には見慣れた狐の面が付いている。
「……御影、さん?」
どうやら背中を撃たれたらしい。着物の背面にはじわじわと赤い色が広がり、だらりと投げ出された四肢はぴくりとも動かない。
「そんな……、どうして。なんであなたが、俺を庇って」
混乱する栗丘の正面で、絢永もまた、銃を構えたまま驚愕の表情を浮かべている。
「御影さん……? どうして……」
再び生まれたその隙を、栗丘は見逃さなかった。
絢永が御影に気を取られている内に、栗丘は懐から取り出した未使用の銃を構える。
半ば放心したままの絢永の背後には、舌舐めずりをする蛇の本体が顔を覗かせていた。
ドン! と重い音を上げ、銃口からトドメの一発を放つ。弾は寸分の狂いもなく、蛇の頭を撃ち抜いて粉砕した。
途端に気を失った絢永が膝から崩れ、その場に俯せに倒れる。
「やったか!?」
すかさず立ち上がった栗丘は彼の元へ駆け寄り、今度こそ蛇の気配がなくなったかどうかを確かめる。
「……大丈夫。そのあやかしは……もう死んでいるよ」
か細い声で、御影が言った。
それを耳にした栗丘は弾かれたように彼の元へ戻り、そっと肩を抱きかかえる。
「御影さん! 無事だったんですか!?」
まだ息はある。
しかし出血の量からすると、けっして安心できる状況ではない。
「今のあやかしは、おそらく双頭の蛇……。急所となる頭の部分が二つあったから、絢永くんは仕留め損ねたんだね……」
「もう喋らないでください。今すぐ誰か呼んで来ますから」
そう言って駆け出そうとする栗丘の腕を、御影は力なく掴む。
「栗丘くん」
狐の面の奥から、確かな視線が栗丘を引き留める。
「悪かったね……予定が狂ったんだ」
「なに言ってるんですか。ていうか、どうして俺なんかを庇ったりしたんですか。あなたは、目的のためならどんな手段だって使う人なのに」
「君は……私の大事な、相棒の息子だからね。ここで死なせるわけにはいかないよ」
「相棒の、息子?」
予想外の言葉に、栗丘は胸の早鐘を聞く。
「それって、つまり……俺の父親と、御影さんが相棒だったってことですか?」
問いかけに答えようとした御影の口から、咳とともに鮮血が溢れる。面の外にまで流れ出たその赤を目にして、栗丘は息を呑んだ。
「……これでも、けっこう良いコンビだったんだよ。君は、ちゃんとあの人の面影があるね」
こちらに伸ばされた御影の右手が、震えながら栗丘の頬に触れる。ぬるりとしたその感触で、栗丘は自分の頬が血に塗れていることを知った。
「懐かしいなぁ……。……栗丘……先輩……」
そこでふつりと糸が切れたように、御影の腕が力なく床に落ちた。
「御影さん? 御影さん!!」
何度呼びかけても、反応はない。
そのうち廊下の方が騒がしくなり、複数の足音がこちらへ向かってくる。
「銃声が聞こえたぞ!」
「こっちの方だ。小会議室に誰かいるぞ!」
他の警察官たちが集まってくる。
部屋には絢永を含め、あやかしに襲われて気を失った男性が三人。そして銃弾に倒れた御影と、血塗れの自分。
「うあ……あ……」
血が止まらない。
この状況を、誰に何と言って説明すればいいのかもわからない。
栗丘の周りには今、頼れる人間は誰一人としていなかった。
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